優しい雨が降る夜は
「雨宮さん、本当にありがとうございました。そろそろ服も乾いたと思うので、着替えたら帰りますね」
食事のあとにそう切り出すと、優吾は心配そうな表情を浮かべた。
「……本当に大丈夫か?」
「はい。噂を否定する為にも、ビクビクしないで堂々としていたいです」
「そうか、分かった。じゃあせめて車で送る。着替えておいで」
「ありがとうございます」
美月はパウダールームに行くと、洗濯機から服を取り出して着替える。
乾燥を終えたばかりの暖かくふわふわした着心地に、思わず笑みがこぼれた。
「雨宮さん、お待たせしま……」
リビングに戻った美月は、険しい表情を浮かべてスマートフォンを見ている優吾に驚いて言葉を止める。
「雨宮さん? どうかしましたか?」
「ああ、うん。実は……ついさっき友利 健二がコメントを発表したらしい。噂になっている写真は事実無根だと」
「えっ、そうなのですか?」
「お相手の方のご迷惑になるような行為はやめていただくよう、切にお願い申し上げますと。だがそれが返って、ますます噂に火をつけてしまったようだな。かばうということは恋人だという証拠だと、SNSは荒れに荒れている」
「そんな!」
その時、美月のバッグの中からスマートフォンの着信音が聞こえてきた。
「すみません、失礼します」
優吾に断ってから電話に出る。
「もしもし」
『あ、もしもし、風間さん?』
「館長! どうかしましたか?」
嫌な予感がして、美月は両手でスマートフォンを握りしめた。
『それがね、さっき友利さんから電話があったんだ。風間さんをこれから迎えに行きたいって』
「友利さんが、私を? それって、どういうことでしょうか」
優吾がハッとしたように美月を振り返る。
『SNSの噂の件で、君が友利さんのファンに追いかけられていることを知ったらしい。今まで気づかなくて申し訳なかった、すぐに彼女を安全なところにお連れしたいからマネージャーに迎えに行かせるとおっしゃるんだ。風間さんは今はもう帰宅して、5日間休むことになったと伝えたら、それなら直接連絡を取りたいと。君の連絡先を聞かれたんだけど、教えてもいいかな?』
「えっ、あの、それは……」
すると優吾が、どうした?と言いたげに身を乗り出してきた。
「館長、今はまだ私の連絡先は友利さんには伝えないでください」
『そうか、分かった』
「すみません、お手数をおかけして。友利さんにも、私のことはご心配なくとお伝えください」
『そう伝えるよ。でも風間さん、本当に大丈夫なの?』
「はい、大丈夫です。明日からお休みさせていただき、ご迷惑をおかけしますが、よろしくお願いします」
『気にしないでゆっくり休んで。またなにかあったら、連絡するから』
よろしくお願いしますと挨拶して電話を切ると、すぐさま優吾が近づいて来た。
「友利 健二が連絡してきたのか?」
「はい。どうやら噂のことを知ったようです。マネージャーの方に私を迎えに行かせて、安全な場所に連れて行きたいと」
「それで君の連絡先を尋ねたのか?」
「そのようです。でもこの状況では、たとえ電話でも接触しない方がいいですよね?」
「ああ、その方が賢明だ。誰の口からどんな話がもれるか分からない。火のないところに煙を立たせるのが、こういうくだらない噂話だから」
「はい」
「それにしても、困ったな。彼がコメントを発表したことによって、状況はますます悪化した。君の自宅が安全だとは言い切れない」
そんな……と美月は絶句する。
「君の勤めているコミュニティセンターは、たくさんの利用者がいるんだね。サークル活動とかで使っている人が、君のことを書き込んでいる。……実はもう、君の名前も挙がっているんだ。受付カウンターにいつもいる、風間 美月さんだと」
「えっ!」
美月の顔からみるみるうちに血の気が引いた。
「名前と勤務先が分かれば、いずれは自宅の場所も知られてしまう。帰るのは危険だ。誰か頼れる人はいないか? 職場の人以外に、あまり親しくない友人とかで……って、ごめん。そんな人いないよな」
美月が頷くと、優吾は思いついたように顔を上げた。
「いや、いるな。君との接点はまるでなくて、誰もそこから君にはたどり着けない人間が」
「え、誰ですか?」
優吾は美月を見て、不敵な笑みを浮かべる。
「俺だ」
「……は?」
「俺は君の自宅はおろか、連絡先も知らない。勤務先もついさっき教えられたばかりだ。君のことは、名前しか知らなかった。あとは妹さんがいることと、綺麗な栞を持ち歩いているってことくらいかな」
そう言うと、真剣な顔で美月を見つめた。
「しばらくここにいればいい」
「ここって、雨宮さんのお部屋にってことですか? まさか、そんな」
「ではどうするつもり?」
「えっと、実家に帰ろうかと」
「フルネームが分かったってことは、地元の同級生が一斉に君だと認識する。はっきり言って、今君が住んでる場所よりも実家の方が特定は簡単だ」
そんな……と美月は呆然とする。
「それになるべく一人にならない方がいい。なにも気にせず、ここにいろ」
考える力もなくなり、美月は小さく頷いた。
食事のあとにそう切り出すと、優吾は心配そうな表情を浮かべた。
「……本当に大丈夫か?」
「はい。噂を否定する為にも、ビクビクしないで堂々としていたいです」
「そうか、分かった。じゃあせめて車で送る。着替えておいで」
「ありがとうございます」
美月はパウダールームに行くと、洗濯機から服を取り出して着替える。
乾燥を終えたばかりの暖かくふわふわした着心地に、思わず笑みがこぼれた。
「雨宮さん、お待たせしま……」
リビングに戻った美月は、険しい表情を浮かべてスマートフォンを見ている優吾に驚いて言葉を止める。
「雨宮さん? どうかしましたか?」
「ああ、うん。実は……ついさっき友利 健二がコメントを発表したらしい。噂になっている写真は事実無根だと」
「えっ、そうなのですか?」
「お相手の方のご迷惑になるような行為はやめていただくよう、切にお願い申し上げますと。だがそれが返って、ますます噂に火をつけてしまったようだな。かばうということは恋人だという証拠だと、SNSは荒れに荒れている」
「そんな!」
その時、美月のバッグの中からスマートフォンの着信音が聞こえてきた。
「すみません、失礼します」
優吾に断ってから電話に出る。
「もしもし」
『あ、もしもし、風間さん?』
「館長! どうかしましたか?」
嫌な予感がして、美月は両手でスマートフォンを握りしめた。
『それがね、さっき友利さんから電話があったんだ。風間さんをこれから迎えに行きたいって』
「友利さんが、私を? それって、どういうことでしょうか」
優吾がハッとしたように美月を振り返る。
『SNSの噂の件で、君が友利さんのファンに追いかけられていることを知ったらしい。今まで気づかなくて申し訳なかった、すぐに彼女を安全なところにお連れしたいからマネージャーに迎えに行かせるとおっしゃるんだ。風間さんは今はもう帰宅して、5日間休むことになったと伝えたら、それなら直接連絡を取りたいと。君の連絡先を聞かれたんだけど、教えてもいいかな?』
「えっ、あの、それは……」
すると優吾が、どうした?と言いたげに身を乗り出してきた。
「館長、今はまだ私の連絡先は友利さんには伝えないでください」
『そうか、分かった』
「すみません、お手数をおかけして。友利さんにも、私のことはご心配なくとお伝えください」
『そう伝えるよ。でも風間さん、本当に大丈夫なの?』
「はい、大丈夫です。明日からお休みさせていただき、ご迷惑をおかけしますが、よろしくお願いします」
『気にしないでゆっくり休んで。またなにかあったら、連絡するから』
よろしくお願いしますと挨拶して電話を切ると、すぐさま優吾が近づいて来た。
「友利 健二が連絡してきたのか?」
「はい。どうやら噂のことを知ったようです。マネージャーの方に私を迎えに行かせて、安全な場所に連れて行きたいと」
「それで君の連絡先を尋ねたのか?」
「そのようです。でもこの状況では、たとえ電話でも接触しない方がいいですよね?」
「ああ、その方が賢明だ。誰の口からどんな話がもれるか分からない。火のないところに煙を立たせるのが、こういうくだらない噂話だから」
「はい」
「それにしても、困ったな。彼がコメントを発表したことによって、状況はますます悪化した。君の自宅が安全だとは言い切れない」
そんな……と美月は絶句する。
「君の勤めているコミュニティセンターは、たくさんの利用者がいるんだね。サークル活動とかで使っている人が、君のことを書き込んでいる。……実はもう、君の名前も挙がっているんだ。受付カウンターにいつもいる、風間 美月さんだと」
「えっ!」
美月の顔からみるみるうちに血の気が引いた。
「名前と勤務先が分かれば、いずれは自宅の場所も知られてしまう。帰るのは危険だ。誰か頼れる人はいないか? 職場の人以外に、あまり親しくない友人とかで……って、ごめん。そんな人いないよな」
美月が頷くと、優吾は思いついたように顔を上げた。
「いや、いるな。君との接点はまるでなくて、誰もそこから君にはたどり着けない人間が」
「え、誰ですか?」
優吾は美月を見て、不敵な笑みを浮かべる。
「俺だ」
「……は?」
「俺は君の自宅はおろか、連絡先も知らない。勤務先もついさっき教えられたばかりだ。君のことは、名前しか知らなかった。あとは妹さんがいることと、綺麗な栞を持ち歩いているってことくらいかな」
そう言うと、真剣な顔で美月を見つめた。
「しばらくここにいればいい」
「ここって、雨宮さんのお部屋にってことですか? まさか、そんな」
「ではどうするつもり?」
「えっと、実家に帰ろうかと」
「フルネームが分かったってことは、地元の同級生が一斉に君だと認識する。はっきり言って、今君が住んでる場所よりも実家の方が特定は簡単だ」
そんな……と美月は呆然とする。
「それになるべく一人にならない方がいい。なにも気にせず、ここにいろ」
考える力もなくなり、美月は小さく頷いた。