優しい雨が降る夜は
思わず背を向けて立ち去ろうとすると、ふとピアノの音が止む。

「風間さん」

呼ばれて美月は、恐る恐る振り向いた。

「……友利さん」

友利はステージから降りると、美月のそばに駆け寄る。

「ごめん、君に迷惑をかけてしまって」
「いえ、あの。それより、また誰かに見られたら……」
「誰もいないよ。ごめん。どうしても君に謝りたくて、マネージャーに頼んで予約を入れたんだ」
「そうでしたか」
「また会えるかどうか分からなくて、会いたいと願ってあの曲を弾いていた。流れ星に願いをかけるように、流星群に願いを込めて演奏したんだ。君に届きますようにって」

美月はなにも言葉が出てこない。
友利はそんな美月に1歩近づいた。

「風間さん、本当に申し訳なかった。君が無事でいるかどうか、心配で仕方なかった。こうしてもう一度会えた今、これからは君をそばで守らせてほしい」
「え? いえ、あの」

美月は首を振りながら後ずさる。

「どうぞお構いなく。それから、もうこんなふうに接触しない方がいいです。やっと騒動が収まってきたのに、またあらぬ噂を立てられたら……」
「違うんだ!」

遮るように友利は口を挟んだ。

「本音を言うと、君のことが好きだから。君といれば僕は音楽をもっともっと奏でたくなる。この世界が今よりもっと輝いて見える。だから君と一緒にいたいんだ。そばにいてほしい」
「そんな……。かいかぶりすぎです。私は音楽もピアノのことも詳しくないですし」
「だからこそいいんだ。君の言葉は嘘いつわりなく新鮮で、僕に新たな扉を開かせてくれる」
「私はあなたのことは、好きでもなんでもありません」

突っぱねるように言うが、友利は引き下がらない。

「チャンスをくれないか? これから君を振り向かせてみせる。少しずつで構わない。僕に目を向けてくれないか?」
「そばにいられるのは困るのです! どれだけ周りの人にご迷惑をおかけしたか。もう二度とあんな思いはしたくない。ようやくここに戻って来られたんです。お願い、放っておいてください」

最後は涙で言葉を詰まらせた美月に、友利はハッとしてから顔を伏せた。

「そうだよね、ごめん。本当に申し訳なかった。僕は君と一緒にいる資格なんてない」

グッと両手を握りしめる友利に、美月も胸が痛む。
だが、だからといって自分はなにもすべきではない。

そう思い、口をつぐんだ。

しばらくの沈黙のあと、美月は精いっぱいの言葉をかける。

「友利さん。これからも素敵な演奏を、みなさんに届けてくださいね」

友利もようやく顔を上げた。

「ありがとう、風間さん。これからも僕はピアノと向き合い、気持ちを込めて演奏する」
「はい」

二人で頷き合うと、美月は静かにホールをあとにした。
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