桃色のアリス ~暗黒の魔女とアリスの想い~
 今はそんなことを言っている場合じゃないのを悟る。追いかけながらディーとダムは新たな策を練ったのか、ニンマリと笑っているのだ。
「久々の」
「大仕事」
「あの煩い王子には」
「怒られるけど」
「「仕方ないよな」」
 地上に足をつけると、二人は腰に巻いていた布を振り手に被せる。マジックを見ているようで、被せた布を取り払った手には剣が握られていた。コロコロと現れる二人の武器に驚く間もなく、双子は一瞬で周りの木々を剣で切り裂く。
 なぎ倒された木々は、どしん、と大きな音を立てて地面を揺らした。ちょうど木の太い枝に足を着けたところだったチェシャ猫は、振動に僅かにバランスを崩しながらも、器用に空中へ跳ぶ。チェシャ猫に抱えられている私は、振り落とされないようにぎゅっとしがみつく。
「大丈夫だよ、振り落としたりしないから」
「あっ! ごめんね、苦しかったよね」
 チェシャ猫は何か言おうとしたけれど、後ろから聞こえてきた双子の兵士の声でかき消された。
「「レディースアンドジェントルマン!」」
「楽しい」
「ショーは」
「「これからさ!」」
 ディーと呼ばれた青い服の少年が、大きな布を頭上へ振り上げる。先ほどの衝撃で散ったダイヤ形の葉が演出をかけ、まるで本当にショーを見ているみたいな世界を作り上げる。
落ちてきた布は二人に被さるも、完全に包まれる前に、ダムが布を取り払った。
 剣の次に現れたのは、大きな大砲。赤い、ダムの方が火のついた枝を取り出すと、大砲へと近付ける。
「ダムが大砲に火をつけて」
紐が焼ける匂いが鼻に届いて、血の気が引いた。 
「ディーが大砲を打つんだ」
 大きな爆発音が響くと、放たれた大砲は、予想に反しこちらに向かうことなく空へ上がり、雲を突き抜ける。空で弾けた玉は、綺麗な花火を咲かせた。森一面に降り注ぐ、光の粒。逃げなければと思うよりも、その輝きに目を奪われてしまう。
「被っていて!」
 全身を布で包まれ、視界が真っ暗になる。下に落ちていく浮遊感の後、地に足がついた。
 マントの隙間から外の様子を伺おうとマントをずらす。けれどチェシャ猫に抱き寄せられ、何が起こっているのか分からないままだった。
「まだこのままでいて」
 庇うように抱き締められ、辛そうに囁かれた言葉に胸が熱くなった。チェシャ猫の胸から聞こえる心臓の音が早くて、胸だけでなく全身の熱か更に温度を上げていく。
 なんで、私はこんな――
 心臓の音が、煩い。頭がくらくらする。
 被せられている布のせいで熱は逃げなくて、余計に熱い。汗がじわりと首筋を伝う。
 チェシャ猫が守ってくれるのは今が初めてじゃない。だけどこんなドキドキするのは初めてで、強く目を瞑ることしか出来ない。
 熱い、辛い、だけど甘い?
 この感覚は本当に初めて?
 違う、私前にもこんな感覚を知っている。
『まだでちゃダメだよ』
 幼い頃。城の薔薇園でこっそりと遊んでいた私と、帽子の男の子。城に余所者を入れてはいけない。だからこっそり遊んでいたはずなのに、城の兵士に見つかり逃げた後のことだった。
 トランプ兵に追いかけられた私達は、城のすぐ外にある木の下の穴に隠れた。穴の中は小さな私達がギリギリ入るくらい本当に狭くて、仕方なく今と同じ状況でトランプ兵が去るのを待っていた。
『見つかってしまうよ』
 穴から顔を出そうとする私をひき止める男の子。優しげな茶色の瞳は、暗い中でも私をしっかり捉えていた。
『でも』
 狼狽える私の背中を、男の子はぽんぽん、とあやすように優しく叩く。
『大丈夫だよ、アリス』
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