桃色のアリス ~暗黒の魔女とアリスの想い~
 違う人間ではない、ハンプティはハンプティ。天使みたいなハンプティも、小悪魔みたいなハンプティも。どちらもハンプティ。
 呪いは確かに人を変えたけれど。どちらもハンプティなら、今のハンプティを否定なんて出来ない。
「ふっ、あはははっ!」
「は、ハンプティ? 私、変なこと言ったかな?」
 思い返せば、支離滅裂なことばかり言っていたかもしれないけど。盛大に笑われるほどおかしなことを言ってない、はずだ。
 お腹を軽く抱えながら、笑って出た涙を拭う。軽快な笑い声は城の階段に反響して、ハンプティが笑い終わった今も余韻が残る。またもや恥ずかしくなった私は、顔を赤らめるしかなかった。
「もう、そんな笑わないで!」
「ごめんごめん、君が余りにも必死だから」
 前のめりになっていた体を元の位置に戻す。でも、身に出た羞恥は簡単に引っ込んでくれるはずもなく。変わらず顔が熱い。
「ふぅ、久々に笑わせてもらった。これ以上アリスを笑うとそこの猫に嫌われるかな」
「へ?」
 ハンプティの視線を辿ると、柱の影に見慣れた赤髪がある。柱の影から姿を表したチェシャ猫は、ゆっくりと私達に近付いてくる。
「チェシャ猫! 具合は大丈夫なの?」
 普段通りの歩みが、私の涙腺を緩ませる。顔色も悪くないし、あのダイヤの森で見せた苦しそうな表情は一切ない。いつもの優しい笑顔のチェシャ猫が、今ここにある。
「元気だよ、心配かけてごめんよ」
「チェシャ猫が無事で良かった」
 涙ぐむ私の頭をチェシャ猫が撫でる。私は、空いているチェシャ猫の手を両手で握った。
「アリスを泣かせるなんていけない猫だね。チェシャ猫」
「お世話になったね。ハンプティ・ダンプティ、様」
 意味深に、チェシャ猫が様を付け加える。私は涙を拭うと、やっぱり嘘の笑顔を見つめる。さっきまであんなに笑っていたのに。
「様って、ハンプティ、」
 そこまで言って、ハンプティが人差し指に口を当てる仕草をした。
「僕が何者かは、もう少し秘密にしようか。一つ問うよ、アリス。君は優しい僕とこの今の僕、どちらの手をとる?」
「どちらの手を、とるか? それは優しいハンプティと今のハンプティに手を差し出されたらってこと?」
 目の前に差し出されたハンプティの手を見つめ、私は口を開く。私が選んだ答え。
「どっちも、とっちゃダメかな?」
 差し出された両手を握る。私の答えにハンプティは満足げに笑うと、握り返してきてくれた。すると、どうしてか二面のハンプティを同時に掴めた気がして嬉しくなる。
「君ならきっと、探し物を掴むことが出来るよ。この僕が断言するんだ。光栄に思っていい」
「それって、白ウサギと黒ウサギのこと?」
 私が質問するより早くハンプティは手を離すと、くるりと反対を向き背中を見せた。金色の綺麗な髪がさらさらと揺れて、何度見ても釘付けになる。どことなく、ダイヤの王子様を思わせるのは、ハンプティがダイヤの城の人間だからか。
「君の目的は果たされたようだし、僕との謁見はここまで。また後で会おうアリス、チェシャ猫」
 ハンプティは振り返り笑顔を見せると、静止する間もなく走っていってしまった。城の中の廊下へ続く扉を開けたハンプティの姿は扉に遮られ見えなくなる。結局、ハンプティが何者か分からないまま、取り残されたことになる。
「僕らも中に入ろう」
「う、うん」
 チェシャ猫に促されるまま、ハンプティが使った扉に向かって歩く。
「ねぇチェシャ猫、ハンプティって何者なのかな?」
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