桃色のアリス ~暗黒の魔女とアリスの想い~
「し、侵入者? 私、ディーとダムに連れられて」
「問答無用!」
 咄嗟にハンプティの手を引いて階段を駆け上がると、その先に別のダイヤの兵士が現れ、退路が塞がれる。
「七番! その少女は侵入者だ! 捕えろ!」
 命令に従い行き先を封じようとするダイヤの兵士。騒ぎを聞いたのか、追いかけてきている兵士は増えている。ハンプティは後ろを確認しようと階段下を見る。いけない、そう思った瞬間だった。ハンプティの目が見開いて、真下を凝視した。位置になった庭とダイヤの兵士を捉える。高い所が苦手な人には、怖いだろう景色。
 目を塞ごうにも遅く、ハンプティの体がグラリと傾く。私は咄嗟にハンプティが階段から落ちないように支える。
「ハンプティ!」
 ハンプティの異変にダイヤの兵士も驚いたのか、追跡はピタリと止まった。傾きかけたハンプティの体。倒れるかと思ったけれど、ゆっくりと体制を立て直し、ハンプティは背筋を伸ばした。名前を呼ぼうとすると、とん、とハンプティの人差し指が私の唇に触れる。
 ハンプティの空色の瞳が妖しく深みを増していた。
「退けよ、兵士ども」
「え」
「聞こえなかったのかな、僕の声。これだから庶民は困る」
 目の前で発せられる言葉に、ダイヤの兵士も私もポカンとするしかない。ダイヤの兵士からは、後悔と焦りも混じっている気がするんだけれど、注目の的の彼は気にする様子はない。
「躾がなってないんじゃないか? 兵士をまとめる責任者は誰? あ、お兄様は抜かして。お兄様がこんな愚かな教育をするはずないからね」
 一歩。足を踏み出すハンプティに、ダイヤの兵士はビクリと体を震わせる。
 先程から強い物言いでダイヤの兵士と私を驚かせているのは、紛れもないハンプティ。花が咲くような笑顔は他人を嘲る笑みに変わって、空気を凍らせる。
 王者の威厳。
 ふと、頭に過る女王様とダイヤの王子様。二人にも負けないような威圧感を、ハンプティから感じる。
「ハンプティ様って呼ばれていたけど、ハンプティって何者?」
「ぷ、正直だね」
「だって気になるよ」
 吹き出したハンプティ。正直に答え過ぎた、かな。弁解しようとするけどゴニョゴニョ、と口どもるだけで言葉にならない。正直に答えたから弁解しようがないのは分かっているんだけど。
 今笑っているハンプティは、庭で会ったハンプティそのものだけどやっぱり違う。
気にならないのは無理があるよね。
「はー、笑わせてもらったよ。じゃあ改めて自己紹介してあげる」
 一息つくと、自信満々な表情で私を見つめる。こんな表情も、言葉も、きっと庭で会ったハンプティならあり得ない。もしかして、ハンプティではない、誰かが乗り移ったとかなの?
「ハンプティ、じゃないの?」
 恐る恐る尋ねると、ハンプティはゆっくりと首を振る。それは、否定を意味していた。
「僕はハンプティ・ダンプティ。君の知る人間だ。ただし、この僕は呪いによって起こされた裏の顔。単純に二重人格と思ってくれて良いよ」
「ハンプティも魔女に呪いをかけられていたの?」
「うん。高い所や人を見下せるような位置に立つと呪いは発動する。ご理解いただけたかな?」
 ハンプティの呪い。納得できた。でも起こされたってことは。
「ハンプティは、ハンプティなんだよね!」
 勢いの余り近付くと、ハンプティ驚いた顔を見せる。踏み込み過ぎたのか、ハンプティは僅かに体を後ろへと後退させた。
「庭で会ったハンプティも、今のハンプティも。同じハンプティなんだよね?」
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