桃色のアリス ~暗黒の魔女とアリスの想い~
 思わず牢獄の出口に視線を向けると、重々しい扉がある。神経を尖らせてみれば、階段を降りてくる靴音がだんだんと近付いてきている。
「鍵は、牢の鍵はどこ?」
「叔父さんが持っている。出口の鍵も、外側から鍵を描けているから出られない。もしアンタが脱出するなら、叔父さんが入ってきた時に隙を見て外に出るしかないよ」
「でも、貴方を残してなんていけないよ」
 ぐずぐずしてなんかいられない。私は牢獄の鉄を掴み、揺らそうとするけれどびくともしない。鍵を壊せるような石や何かがあれば良いけれど、牢獄には何一つなかった。
「いいから、逃げなよ。このままじゃ本当に」
 足音はもうすぐそこまで来ていた。怒っているのか足音が荒い。いるか、坊主、と怒号が聞こえてきて、心臓がすくんだ。
 追い払おうとする少年の手を、牢獄越しに握る。牢の間隔は辛うじて小さな少年の手が通れるくらいだった。突然の私の行為に驚いたようで、少年はたじろぐ。その姿は照れた時の夢魔の動きとそっくりで、夢魔にしか見えなくなってくる。
「必ず助けるよ、絶対、貴方を此処から出してあげる。だから諦めないで」
 これから少年に起こる事を、防げない自分が悔しい。此処に残って戦う選択もあるけれど、私の力だけではどうにもならいことを、私は暗黒の魔女との戦いで思い知っている。チェシャ猫がいたら、だなんて他力本願にも程がある。
 少年の瞳に、涙が滲んだ。
「約束だよ。一緒に空の下で遊ぼう。お茶会で美味しいクッキーを食べよう」
 ぽろりと涙がこぼれ、少年は信じてないけど、と付け加える。それが強がりだとなんとなく分かった。
「それは夢魔への言葉じゃなくて、僕に言っているんだよね?」
「うん、夢魔も助けるけど、えっと」
「優李。霧間優李」
「ゆうり、約束」
 小指を絡ませて、お互い名残惜しく離す。
 ダイナが私から離れ、急かすように扉の影に立つ。ひとまずはここに隠れろと言っているようだった。
 私はダイナに従い、扉の後ろに隠れる。ユウリは来る災厄に備えてか、牢の奥へと戻っていく。
「くそ! 糞ガキどもめ! どいつもこいつも! これだからガキは嫌いなんだ!」
 荒々しく扉が開かれ、おじ様であろう男性がふくよかな身体を揺らしながら入ってきた。手には鞭が握られていて、その鞭に真新しい血がついているのを見てしまった。
 鮮血が鞭を伝って、冷たい石畳の床に小さな模様を作る。思わず鞭で打たれた痛みを想像してしまいそうになって、目をぎゅっと瞑った。
 幸い、怒りで周りが見えていないのか、扉の影にいる私のことは気付いていないみたいだ。
「おい! 生きているか!」
 おじ様が牢を蹴る。ユウリはビクリと身体を揺らしたけれど、鞭の血に気付くと、おじ様を強く睨み付けた。
「その鞭の血、ロウやレイに打ったの? 僕の能力が戻れば、精神を破壊してやる」
 殺気を抑えられないようで、ユウリはおじ様に噛み付く。その態度が余程気に食わなかったのか、おじ様は牢を荒々しく蹴った。
「クソガキめ! 余程鞭に打たれたいらしい! 望み通り、かなえてやる!」
 行って、とユウリの唇が動いたのが合図だった。おじ様がこちらに背を向けたのを見計らって、私は扉の影から出て静かに部屋の外に出る。
 けれど階段を数段登ったところで、足元から地面を叩く音が鳴った。心臓が止まりそうになって、思わず硬直した。足元を恐る恐る見ると、石が転がっている。
「誰だ! 誰かいるのか!」
 おじ様の怒声に、硬直した身体が余計に動けなくなる。
 バレてしまった。私も捕まってしまうの?
「ニャア」
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