桃色のアリス ~暗黒の魔女とアリスの想い~
「おいおい! どうしてシンデレラみたいに泥だらけなんだ? いや、シンデレラは灰かぶりか。舞踏会はまだ先だぞ」
 ジェームズお兄様が冗談混じりに笑うけれど、ハリーお兄様は絶句したままだった。彼がこの服をプレゼントしてくれたのは事実のようで、ほっとする。疑っていたわけではないけれど、彼らが本当に私の家族だという確証は今のところ存在しない。
 けれど、今そのことを追及する時じゃない。
 息を吸い込んで、一度吐き出す。少しだけ喉のつっかえが取れて、言葉はすんなりと出てくれた。
「せっかくのプレゼント、汚してごめんなさい。その上で気が引けるのだけど、お願いがあるの」
「まぁ、どうしたの、その格好」
 ロリーナお姉様が、リビングに通じる扉から姿を表す。その後ろで、イーディスが私の姿を見て目を丸くしている。二人とも緊迫した雰囲気を読み取ったのか、それ以上言葉を発しなかった。
「ユウリが危ないの。お願い、力を貸してください。この国でユウリを救う方法を私は知らない。だから、教えてほしいの。ユウリも使用人の子も、おじ様に鞭で打たれている。一刻も早く助けないといけないんです」
 お願いします、と頭を下げると、ふわりと頭を撫でられる。大きな靴を履いたその人は、ハリーお兄様だ。
「大事な妹が無事で良かった」
 その一言で、涙がまた込み上げてきた。例え記憶がなくても、確証はなくても、この人は私のお兄様だ。
 私が城でそっと心の奥に閉まった、家族を求めた気持ちが涙になってふわりと零れ出す。
「ハリー、お兄様」
 思わずハリーお兄様に抱き付くと、そっと背中を擦られた。チェシャ猫とは違う安心感や温かさが胸の内に広がっていく。
「ハリー兄さんは妹に対して甘いよな。男女差別は今時時代遅れだぜ」
「まぁ、でしたらお姉様と同じように素直に甘えてみたらどうですの? ジェームズお兄様は落ち着きと素直さが足りないと思いますわ」
 呆れるジェームズお兄様に、イーディスが反論すると、ジェームズお兄様はわざとらしく眉と口角をあげた。やれやれ、と口には出さないけれど肩をあげて首を振る。
 イーディスとジェームズお兄様はそれなりに仲が良いらしい。チェシャ猫と眠りネズミのやり取りを思い出して、少しだけ笑ってしまった。
「そう言うことなら、ジェームズを叱っている暇はないわね、ハリーお兄様。問題は残るけれど、警察に連絡しましょう」
「あぁ。ロリーナ、連絡を頼む。警察に連絡がついたら、父さんと母さんにも至急戻るよう伝えてくれ」
 ロリーナお姉様は頷くと、足早にリビングへと戻っていく。
「で、俺達はどうする? 乗り込んでお姫様救出? あ、王子様だっけ?」
「バカ言うな。警察を待つ。お前達は動くなよ。敷地侵入で問題になる。そうでなくても、もうすでに問題なのだ」
「でも、王子様を助けられるのは俺達だけかもよ?」
 ジェームズお兄様が、手に持っていたものを目線にあげる。カチャリと音がする銀色の小さなそれは、鍵だった。
「ジェームズお兄様、それは?」
 イーディスが近付くと、ジェームズお兄様は誇らしげに胸をはる。
「多分、王子様が閉じ込められている牢屋の合鍵だ。俺達は鍵以外にも虐待の証拠も持ってる。警察よりよっぽど優秀だと思うけど?」
 その一言ではっとなる。ユウリのところにきたおじ様は、子供に対して酷く憤っていた。あれは使用人に対してではなく、ジェームズお兄様達に対してだったのかもしれない。だとしたら、ジェームズお兄様の軽率な行動が、ユウリを危険に晒した可能性があった。
 今すぐユウリを助けにいきたい。けれど、私達が下手な行動を起こせば、取り返しのつかない事態になるかもしれない。
 希望を手にしながら、待つしかないなんて
「警察を待つ。長男として、お前達を危険に晒すわけにはいかない。助けを急ぎたい気持ちは分かるが、警察に任せよう」
 ハリーお兄様は、私にも視線を向ける。その言葉はジェームズお兄様に、と言うよりも私に向けたものだ。私が素直に頷くと、ジェームズお兄様が口を尖らせる。
「ちぇ、警察が能無しだったらどうするんだよ」
「大丈夫ですわ、お姉様。噂では、この地域に優秀な警官がいるそうですの」
 イーディスが私の手を取り、安心させるように微笑む。
「イーディスお姉様のじょーほーは」
「すごい、当たるから」
 ヴィオレットとフレディックも、言葉を知らないながらにも私を元気付けようとしてくれているのが分かって、涙は止まる。
 どことなくディーとダムの話し方に似ていて、それが更に私を安心させた。でも不思議と、ディーとダムの顔を思い出せない。
 私はこんな記憶力がなかっただろうか。
 なんにせよ、お兄様達が協力してくれたことに、足の力が抜ける。へなへなと情けなく座り込んだ私の周りに、皆が集まってくると、頑張ったね、と撫でてくれる。
 私の家族がこの人達で良かった。私の帰ってくる場所が、ここで良かった。そんな風に思って、城のことを思い浮かべる。
 そこで初めて気付いた。記憶にある城は色褪せて、思い出そうとすると女王様の顔に靄がかかって見えない。
 そう、まるで、夢の記憶を思い出そうとしているみたいに。

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