桃色のアリス ~暗黒の魔女とアリスの想い~
 チェシャ猫の言葉に、帽子屋と眠りネズミは警戒を解く。
「そうだな、チェシャ猫とアリスの言うとおり、これは三月ウサギの問題だ。家族を傷付けられ、頭に血が上っていたが、この世界の誰もが呪いで苦しんでいた。彼を責めるのは違う」
「怒りはおさまんねーけどな。恨みや悲しみを抱えたまま生きるのは気持ちよくない、ってのは十分くらい知っている。だからどこかで折り合いをつける。でないとこの国で生きる意味なんてないからな」
 肩の力を抜いた二人を見て、三月ウサギが少しだけ微笑んだ気がした。あまりに一瞬で儚く、タンポポの種が飛ぶよりも早く微笑みを過去に飛ばした三月ウサギは、お茶会のテーブルへと小走りに戻り、残っていたニンジンケーキを口に放り込む。
 あまりに自由な振る舞いに、スペードのエースも、肩の力が抜けたようだった。
「で、もう一つの要件はなんだい?」
「あぁ、アリス姫の送迎だ。依頼はハートのジャックからで、何でも女王陛下がご乱心されているらしい」
「乱心、って」
 いつものヒステリーだったら良いような悪いような。色々なことがあった後だから、暗黒の影がちらついて、嫌な想像をしてしまう。
「チェシャ猫、今すぐ行こう!」
「うん」
 チェシャ猫と手を繋ぐと、スペードのエースが「姫」と私を呼び止める。
「心遣いに感謝する」
 そう言うと、スタスタと足早に馬車に向かってしまった。
「謝罪は素直なのに、感謝は素直じゃないね」
「ふふ、そうだね」
 スペードのエースの言葉が、ゆっくりと心に染みていく。あんなに怖かった彼のことが、今なら仲良くなれる気さえしてくる。伝えたかったことは半分も伝えられなかったけれど、きっと機会はこの先に沢山ある。
「アリス。城に戻るのであれば、伝言を頼みたいのだが」
「うん、誰に何て伝えるの?」
「黒ウサギに。「お前はここの家族でもあるんだから、早く帰ってこい」と、伝えてくれ」
「え? 黒ウサギ、まだ帰ってないの?」
 帽子屋がふぅ、とため息を吐く。三月ウサギと黒ウサギのことで気苦労が耐えないのか、きっちりとしている帽子屋の青い髪が、苦労を嘆いているかのようにちらほらとはねている。
「呪いが解けて以来、一度も帰ってきていないぜ。全く、薄情な奴」
「それを言うなら、白ウサギも、ですよー。海ガメスープ店の仕事が溜まっているんで、早く帰ってきてほしいんですけどねー」
 眠りネズミと海ガメも、二人して肩を落とす。何だか珍しい組み合わせだ。
「ぼく、白ウサギを迎えに城に行ってみたけど、やることがあるからって帰らされたんだよー。アリスを迎えに行くとかなんとか、黒ウサギと喧嘩していた」
「私を迎えに?」
 穴に落ちる前、白いウサギと黒いウサギが穴に入っていた。人の姿ではないけれど、もしかして二人だったのだろうか。
「帰りなよ、アリス。会いたい人は、まだまだ沢山いるんでしょ?」
 夢魔の言葉に、胸が熱くなっていく。リズや女王様達の姿が思い浮かんで、いち早く城に帰りたくなった。リズとはせっかく会えたのに、慌ててチェシャ猫を追いかけたから満足に話せていない。女王様の無事も確認したかった。
「私、城に帰ってみるね。皆、本当にありがとう。私を信じてくれて、背中を押してくれて、愛してくれて」
 受け継がれたアリス達の想いが、言葉になって溢れてくる。
 陽だまりにいるような優しさで、望んだ未來を見せてくれるこの国を愛していると。抱き締めてくれた優しい人々を愛していると。
「皆が大好き!」
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