桃色のアリス ~暗黒の魔女とアリスの想い~
 帽子屋達に見送られながら、馬車に乗り込む。スペードのエースが馬を引くスペード兵に指示を出すと、馬は勢いよく走り出した。
 過ぎ去る景色は、懐かしくて、愛しくて。世界の崩壊の爪痕は驚くほど見当たらず、まるで国の危機などなかったかのように街も草花も柔らかい日差しを浴びている。
 城が見えてくると、逸る気持ちが身体を疼かせる。馬はそれなりのスピードで走ってくれているのに、それでも足りない。
 帰れるんだ。私が帰りたいと切望した場所に。裁判の時は女王様との対立で逃げて、ウサギの呪いを解いた後は一応帰ったことにはなるのだろうけど、チェシャ猫を取り戻したくて必死で、帰った気なんてしなかった。
「リズ」
『話はまたあとでゆっくり、ね。旅を最後まで終わらせてきて』
 リズは私が目覚めるまで傍にいてくれた。黒い瞳からぽろぽろと涙を溢して、私の帰りを喜んでくれた。そして、私のことを再び信じて見送ってくれた。
 城門が見えてくる。城門を守る二人のトランプ兵の横に、黒髪の少女の姿があって、私はいてもたってもいられなくなった。城門に近付いた馬車が、速度を落としていく。
「スピードのエース、送迎ご苦労様。アリス、僕につかまって」
「チェシャ猫、お願い!」
「おい! 私はまだ降りる許可を出してないぞ!」
 私の気持ちを察したチェシャ猫が、馬車の扉を開ける。速度は落ちていても馬車に切り裂かれた風が、髪を乱していく。チェシャ猫の肩に手を回し、身体を預けた。同時に背中へ回されたチェシャ猫の腕が、離れないよう私をしっかりと抱く。一瞬の浮遊感の後、足が地面に着いた時には、リズが気付いて駆け寄っていた。
「リズ!」
「アリス!」
 リズと二人、抱きしめ合う。
「今度こそ、おかえりなさい、って言っていいのよね?」
「うん。心配かけてごめんね、リズ。私を信じてくれてありがとう」
「親友なんだから、当たり前じゃない」
 身体を離すと、リズの黒い瞳は潤んでいて。つられてこちらも潤んでしまう。
「チェシャ猫さんに会えたんだね。チェシャ猫さんもおかえりなさい。アリスを守ってくれて、ありがとうございました」
「守られていたのは、僕の方だよ。最後の方は、僕が手を引いてもらっていたくらいに、僕を助けられるくらいアリスは強くなった」
「えっ、泣き虫のアリスが?」
 リズが潤んだ目を丸くして、私を見つめる。
「確かに泣き虫だし、今も泣き虫だけど!」
「ふふっ、チェシャ猫さんがいなくなったら、飛び起きていたものね。この旅で強くなったなとは思っていたけど。何だか少し寂しくなっちゃう。後で沢山、私の知らないアリスの話を聞かせてください」
「勿論だよ」
「え! 恥ずかしいよ!」
 旅を思い返しても、怯えたり、無知だったり、至らない自分ばかりで恥ずかしくなる。常に泣いていたような気がするし、いつもチェシャ猫に助けてもらってばかりだった。チェシャ猫が旅をする間、どんなことを思っていたのか、私のことをどう語るのか、聞いてみたい気もするけれど。
「ところで、崩壊が止まった後に何があったんだい? 呪いで崩れかけていた街が、崩壊の跡形もなく直っている」
「アリスがウサギの時計を止めてから、崩壊が止まったこの国には崩壊の余波があったの。でも、アリスがこの国から消えてしばらくして、崩壊した街は元通りになったわ。街では奇跡が起こったと騒がれているけれど」
 二人の視線が、私に注がれる。鏡の向こうで、チェシャ猫に会う前に何があったのか。そう二人は聞いている。
「えっと、暗黒の魔女と対面して、彼女自身の呪いを解いたの」
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