桃色のアリス ~暗黒の魔女とアリスの想い~


「アリス、そろそろ時間よ」
 パーティーの開演を知らせる音楽が奏でられる。振り向くと、不機嫌そうに眉を寄せている女王様と、その横には王様がいる。
「今日はアンタが主役なんだから」
「いつもみたいにドジふむんじゃないわよ、でしょ? 大丈夫だよ。私も成長したから!」
「本当かしら」
 深い赤色の幕を開けて、ヒールを鳴らす。階段を降りた先には、白ウサギと黒ウサギが私を待ち構えている。こちらを見上げて微笑む二人。階段を降りると、ふわりとした絨毯があって、ヒールの音を吸い込んでいく。
 私が二人の手を取ると、曲が切り替わって祝福の旋律が奏でられる。ヴァイオリンもピアノも、奏者や会場の皆の喜びを乗せて歌う。
 階段に気を付けながら、白ウサギを横目で見上げると、赤い瞳と目が合う。白い髪とふわふわのウサギ耳が揺れたかと思うと、白ウサギの表情が優しい笑顔になって、心が真綿に包まれたみたいにふわふわとしてしまう。
 白ウサギを今までみていた中で、一番の笑顔だ。
「アリス、貴女が僕らを想ってくれたからこそ、僕らはここにいる。僕らは貴女に、気持ちを返したい」
「白ウサギが想いを返してくれたから、私は呪いを解くって決断出来たんだよ」
 十分なくらい、きっと想いは返してくれている。
 白ウサギがもう一度口を開こうとした瞬間、リードしてもらっている右手が、ぐい、と力を込められる。驚いて黒ウサギを見上げると、少し拗ねたような表情をしていた。
「お前が、そして俺が望んだ生き続けること、そして未来を共有すること。付き合ってやる」
「黒ウサギ、覚えていてくれたの」
「忘れない。俺が初めて生きたいと口にした時のこと、忘れるわけないだろ」
 暗黒の魔女の強さに敵わず逃げたあのとき。私が叫んだ言葉を、黒ウサギはずっと胸に秘めていてくれた。
 じんわりと、涙が溢れてきてしまう。せっかく女王様にお化粧してもらったのに、台無しになってしまいそうだ。我慢しなきゃ。
 でも、生きることを望んでくれた二人の言葉が何より嬉しくて。二人のいる未来が嬉しくて。
「二人とも、アリスを泣かせないでくれるかい?」
 階段下で待っていたチェシャ猫が、白ウサギと黒ウサギを睨む。けれど、私の涙が嬉し泣きだと理解しているのか、口元は困ったように微笑んでいた。
 周りを見渡すと、リズがいて、帽子屋や眠りネズミ、三月ウサギ。海ガメやグリフォン、メアリーやビル。誰もが正装できらびやかに着飾り、シャンデリアと同じくらい煌めいている。
 時計屋さんやハンプティ、ディーとダムも、こちらを見つめて微笑む。ただ、彼等の本命は王様で、女王様と腕を組み降りてくる王様を見つけた途端に、盛大な拍手をし始めたので思わず笑ってしまった。王様は四人に愛されているみたい。
 ふと、仕立て屋がこちらに手を振っているのが見えて、なあに、と口パクで問いかけると、仕立て屋がニヤニヤしながら後退していく。近くにいた夢魔がその動きにため息を吐いたけれど、仕立て屋の後ろから出てきた人物に、目を奪われてしまった。
 立ち方だけでも気品が溢れるその人は、今日もまたヴェールで顔を隠している。唯一顕になっている口元が優しく微笑んでいて、私も思わず笑顔になる。
 白ウサギと黒ウサギと、それぞれ視線を交え、一時の別れを告げた。二人はチェシャ猫に託していくようにその手を離す。
「チェシャ猫、公爵夫人も来ているよ!」
 我慢出来ず報告すると、チェシャ猫がにこりと微笑む。そっと出してきた手を握ると優しく引き寄せられて、身体の距離が縮まった。そして、花を愛でるように髪を撫でられる。
「ねぇアリス、君がアネモネの花畑でくれた言葉全て、僕はこの先ずっと忘れないよ。君が幼い頃、僕にくれた優しさを今も忘れていないように。僕の身が、この世界から消える日が来ても。ずっと。だから君もどうか、忘れないでほしい。僕のことを、僕の想いを」
 チェシャ猫が撫でてくれた髪に触れると、柔らかな感触が肌に触れる。
 ――きっと、これはアネモネの花。
 曲がまた変わって、誰もが大切な人の手を取り合う。ゆらりゆらりと揺れる華やかなドレスが翻り、シャンデリアの下で花を咲かせる。
「アリス、僕と踊ってくれるかい?」
「うん、喜んで」
 アネモネの花畑での約束を今、此処で。
 足を踏み出し、チェシャ猫に合わせて桃色のドレスを揺らす。琥珀色の瞳は、まっすぐに私を見つめていて、早くなる鼓動が密着した身体から伝わってしまわないか心配になる。
 ――でも、きっと、チェシャ猫が大好きだということは伝わっている。繋がれた手から、瞳から。
 窓から、まるでチェシャ猫の優しさのような、柔らかな光が差し込んでくる。
 これは黄金の昼下がり。どこからか聞こえる時計の秒針が、一秒一秒を刻んでいく。
 きっと、これから先も想いは繋がっていく。アリスが想いを繋いでくれたように、誰かが幸せを願う限り、誰かを想う限り何時までも。
 物語は紡がれる。何年先も、何百年先も、あの木漏れ日の下で。


『桃色のアリス』END



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