桃色のアリス ~暗黒の魔女とアリスの想い~

1 アリスの使命

 1 アリスの使命
 
 観念してトランプ兵の後ろを歩く。白と赤のコントラストがちかちかする城の階段を登りながら、チラリと街の方を振り返ってみる。見慣れたレンガ造りの赤い屋根が並ぶ街は、沢山の人で賑わっていた。階段から見える景色は限られているけど、不思議の国はとても広い。
 まだ幼いからと女王様に街から出るのを禁止されている私にとって、街の外は未知の世界。本や教わった知識でしか知らないけれど、迷うほど深い深い森や、海と呼ばれる輝きを持つ青い水の空があるそうで。
 街を出た、その先にはどんな綺麗な風景が広がっているんだろう。
 この風景の先にはどんな人がいるんだろう。
 顔を知らない、本当のお母さんやお父さんは――?
 会ったことのない両親。理由があったかもしれないけれど、置いていかれたのは寂しいし悲しかった。街で両親に手を引かれる子供を見かける度に、羨ましく思った。でも会いたいとは思った事はない。それはきっと、私を拾ってくれた女王様や親友のリズがいたから。そしてこの城での生活が楽しかったからだと思う。
 もう一度外を眺め、この国をおもう。

 不思議の国は女王様が治める国。その名の通り不思議な世界。先程見たレンガ造りの屋根の赤は瞬く間に色が変わり、今では黄色やピンクに代わる代わる色を変えている。綿菓子みたいな雲の隣には、昼過ぎなのに輝く星。十四年間不思議の国に過ごしてきた私にとっては普通であるはずなのに、今は何故か不思議に思える。鮮やかな夢を見た後だからだろうか。
 城門から青い隊服を纏ったトランプ兵達が馬に乗って駆けて行く姿が見えた。スペード、ハート、ダイヤ、クローバーの四つの軍の中で最も階級が高く、強者の騎士が揃う、スペードの軍。凶悪な事件やレベルの高い任務を行う事が多い軍で、余程の事がない限り出動しないはず。こうして見かけたのも久しぶりなくらい、兵士の姿を見るのは珍しい。
 馬の鳴き声と足音が遠退いていくのを聞きながら、部屋へと足を運んだ。
 迎えに来てくれたトランプ兵にお礼を言った後、部屋の扉を開ける。
 待ち構えていたのは言わずもがな、積み重ねられた大量の宿題と、ハートのトランプ兵のジャックさん。
「アリス殿、ご機嫌は如何かな?」
「えへへへ! 元気、です」 
 私の勉強を教えてくれる人は日や教科によって交代制になっている。ジャックさんが担当だと、一緒にトランプをして遊んだりするんだけど……
 私の期待に応えるように、ジャックさんはトランプを取り出すと、器用にもパラパラと捲る。
 幼い頃から私の世話をしてくれているハートのジャックさん。大のトランプ好きで、会うたびにトランプに誘ってくれる。楽しいからよく遊ぶけど、あまり遊んでいると女王様に叱られるんだよね。
「ではトランプを、といつもなら始めるところではありますが、そうはいきませんぞ。アリス殿。用意はよろしいかな? 今日はみっちり勉学に励むのですぞ!」
「はい……」
 流石に今日はそう都合良くはいかないみたいだ。
素直に席について、山積みになった宿題に手を伸ばす。今にも崩れ落ちそうで、軽く触れただけで左右に揺れた。
 う、これ一枚でこんなぎっしり。絶対今日中になんて終わらないよ!
 喉まで悲鳴が出そうになったところで、コンコン、とドアを叩く音がして、続いてトランプ兵の声が私を呼んだ。
「アリス殿! アリス殿!」 
「何かね。入りたまえ」
「申し上げます。女王様より急ぎのご命令です」
「急ぎの命令?」 
 また女王様が我が儘を言い出したんじゃ、と考えを巡らせる。
 つい先日、呼び出されたばっかりなのに。
 嫌いな食事を出されたと言って、コックを処刑すると言う女王様をなだめるのは骨が折れた。私が転んでその食事を女王様の頭に思いっきりかけちゃったものだから、更に事態は悪化したんだけど。
 国の、不思議の国の主として長い時を生きることを許された女王様は私よりずっとずっと長く生きているはずなのに、嫌いなものは克服できないらしい。長く生きるからこそ、好き嫌いがはっきりとするものなのか、とにかく我が儘で傲慢なこの城の女王様は、毎日トランプ兵を困らせている。
「はい。先程この城に客人が来られまして」
「女王様に?」
「いいえ、女王様とアリス殿に御用のある客人です。アリス殿も来るようにと」
「私にも?」 
 女王様に来客が絶えないのは知っている。けれど、私も含めて訪ねてくる客人は今まで一人も来たことがない。
 私とジャックさんは顔を見合わせた。ジャックさんは珍しくため息をつくと、私を誘導するように手をとる。
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