桃色のアリス ~暗黒の魔女とアリスの想い~
1 霧の奥の夢
1 霧の奥の夢
食事が終わり皿を洗うためにキッチンに運ぶ。洗い場に皿を置いてテーブルに戻る途中、壁にかかっている大きな鏡が目に入った。横幅は人が二人並べるくらい、縦の幅は約二メートルぐらいだろう。
それにしても、何か気になる。鏡の縁の装飾が綺麗だからか、やたらと目につく。鏡に近寄ろうと歩くと、何かに躓いた。
「わわわっ!」
目の前には鏡。ぶつかるのを覚悟して、きゅっ、と目を瞑る。その瞬間、膜をすり抜けるような感覚がした。衝撃は予測したよりも遅くきて、倒れこんだのはひんやりとした床だった。
「いたた」
上半身を上げ、目を開ける。
「あ、れ?」
目を開けて見えたものは、真っ青な夜空の世界だった。手の届く距離に、ふわふわと浮く無数の星。幾つかがほのかな輝きを発していて、幻想的だ。どこまでも終わりの見えない床の青と白のタイルの先。夢の中みたいな、星空に飛び込んだ気分になる。
「ここは、どこ?」
先程まで仕立て屋のキッチンにいたのに。なんで、急に景色が変わるんだろう。
確か私、鏡にぶつかりそうになったハズじゃ……
後ろを向くと、先程見ていた鏡がある。よく見ると、鏡に先程までいた仕立て屋の家のキッチンが映っている。もしかして。
私、鏡をすり抜けた?
そういえば倒れこむ瞬間、何かをすり抜ける感覚があった。立ち上がり鏡に手を触れる。すると、鏡に触れた指は予想通りすり抜けた。
「嘘、じゃあ、此処は鏡の中?」
「ねぇ。何してんの」
突然後ろから聞こえた声に驚いて後ろを振り向く。
「あんた、誰?」
少し離れた先にいたのは藍色の髪をした、私より小さな少年。頭にちょこんと乗った小さなシルクハットが可愛らしい。
「ねぇ、答えてよ」
こういう時はどうすればいいんだろう。とりあえず名前を言わないと。
「私はアリス。貴方は?」
少年は驚いた顔をすると、口を開いた。
「ボクは夢魔。アリスが僕に何の用なわけ?」
夢魔と名乗ったその少年は、そうさらりと答えた。
「な、何の用と聞かれても」
つまずいて鏡の中に来ちゃいましたとは恥ずかしくて言えない。
「ねぇ。夢魔は、どうして鏡の中にいるの?」
ふと抱いた疑問を夢魔に問い掛ける。鏡の中になんて普通入れない。それに夢魔の後ろに見えるのはテーブルに椅子、沢山の本が詰まった本棚。鏡の中にある、というのは勿論不自然な気がするんだけど、それ以前にここには生活感が漂っている。
「もしかして、ここに、住んでいるの?」
夢魔は無表情のまま何も言わない。
瞬間。気付くと夢魔は横にいた。
「夢魔?」
夢魔は何も言わないまま、鏡のある方へ歩きだした。
「アリスの言う通りだよ」
鏡に近づいた夢魔の手が鏡に触れた。
「ボクはこの鏡の中に住んでいる。鏡の中から、出られない」
先程まで仕立て屋のキッチンを映していた鏡は、今は鏡に触れる夢魔を映していた。
手が、通り抜けない――
「どうして?」
そう呟いてはっとする。
「呪い、なの?」
「そう。呪いだよ。僕の呪いは鏡の中の空間から出られないこと」
そう言った夢魔は無表情のまま。でも瞳はどこか寂しげに揺れていて、絶望しながらも、隠しきれない色が見えた。
「もしかして、ずっと、この中で過ごしてきたの?」
一人ぼっちで、ずっと?
「生まれた時からね。だからなに」
「う、ううん、なんでもないんだけど。ねぇ、夢魔は鏡の中から出られないって事はどうやって生活しているの?」
テーブルや椅子、不自然なドアがこの空間にはあるけど、食べ物が見当たらない。
「食事なら仕立て屋が運んできてくれるけど、普段は浮かんでいる星を食べている」
「星ってこれ? 先程から気にはなっていたんだけど」
「た、食べられるの?」
ふわふわと浮くカラフルな星たち。中には光っているものもあるけど、どう見ても食べ物には見えない。
「ボクは食べられるよ。夢魔だから」
「え? どういう事?」
「この星たちは、人が見た夢の塊。夢を食べる夢魔の僕はこれを食料に生きられる」
そう言って夢魔は近くにあった星を手に取り、口に含んだ。
「お、美味しいの?」
人が見た夢。どんな味がするんだろう。
「味はそれぞれだから何とも言えないけど。美味しいかと言われてみれば美味しいよ。アリスには食べられないけど、星に触れれば夢の内容を見る事なら出来ると思うよ」
「そうなの? でも、いいのかな、人の夢を勝手に覗くなんて」
一応不思議の国の法律にもプライバシーのなんたらがあったような。
「いいんじゃない? 仕立て屋も暇な時に来ては見たりして楽しんでるけど。それに見たってバレないし。平気だよ」
「そういう問題ではないと思うんだけど……」
「別にも見たなんて誰にも言わないよ。見たら? アリス、さっきからこっちが呆れるくらい興味津々って顔しているよ」
「う、夢魔の言う通り、興味はあるけど」
「はぁ。じゃあ、あれ。あそこにあるピンク色の星はアリスが前に見た夢だよ。自分の夢なら問題ないんじゃない?」
夢魔の指差した方向にはピンク色の星。
「あれが、私が見た夢?」
近くによってピンク色の星を見てみる。
「光ってないんだね」
中には光っている星もあるのに、この星は光っていない。
「光っているのは今人が見ている夢。反対に光っていない星は見終わった夢」
周りを見渡してみると凄い数の星。上を見ても星が沢山ある。
「綺麗」
まるで星空の中を旅しているみたいな気持ちになる。一通り周りを見渡した後、視線を戻し、私の夢である星と向き合った。
食事が終わり皿を洗うためにキッチンに運ぶ。洗い場に皿を置いてテーブルに戻る途中、壁にかかっている大きな鏡が目に入った。横幅は人が二人並べるくらい、縦の幅は約二メートルぐらいだろう。
それにしても、何か気になる。鏡の縁の装飾が綺麗だからか、やたらと目につく。鏡に近寄ろうと歩くと、何かに躓いた。
「わわわっ!」
目の前には鏡。ぶつかるのを覚悟して、きゅっ、と目を瞑る。その瞬間、膜をすり抜けるような感覚がした。衝撃は予測したよりも遅くきて、倒れこんだのはひんやりとした床だった。
「いたた」
上半身を上げ、目を開ける。
「あ、れ?」
目を開けて見えたものは、真っ青な夜空の世界だった。手の届く距離に、ふわふわと浮く無数の星。幾つかがほのかな輝きを発していて、幻想的だ。どこまでも終わりの見えない床の青と白のタイルの先。夢の中みたいな、星空に飛び込んだ気分になる。
「ここは、どこ?」
先程まで仕立て屋のキッチンにいたのに。なんで、急に景色が変わるんだろう。
確か私、鏡にぶつかりそうになったハズじゃ……
後ろを向くと、先程見ていた鏡がある。よく見ると、鏡に先程までいた仕立て屋の家のキッチンが映っている。もしかして。
私、鏡をすり抜けた?
そういえば倒れこむ瞬間、何かをすり抜ける感覚があった。立ち上がり鏡に手を触れる。すると、鏡に触れた指は予想通りすり抜けた。
「嘘、じゃあ、此処は鏡の中?」
「ねぇ。何してんの」
突然後ろから聞こえた声に驚いて後ろを振り向く。
「あんた、誰?」
少し離れた先にいたのは藍色の髪をした、私より小さな少年。頭にちょこんと乗った小さなシルクハットが可愛らしい。
「ねぇ、答えてよ」
こういう時はどうすればいいんだろう。とりあえず名前を言わないと。
「私はアリス。貴方は?」
少年は驚いた顔をすると、口を開いた。
「ボクは夢魔。アリスが僕に何の用なわけ?」
夢魔と名乗ったその少年は、そうさらりと答えた。
「な、何の用と聞かれても」
つまずいて鏡の中に来ちゃいましたとは恥ずかしくて言えない。
「ねぇ。夢魔は、どうして鏡の中にいるの?」
ふと抱いた疑問を夢魔に問い掛ける。鏡の中になんて普通入れない。それに夢魔の後ろに見えるのはテーブルに椅子、沢山の本が詰まった本棚。鏡の中にある、というのは勿論不自然な気がするんだけど、それ以前にここには生活感が漂っている。
「もしかして、ここに、住んでいるの?」
夢魔は無表情のまま何も言わない。
瞬間。気付くと夢魔は横にいた。
「夢魔?」
夢魔は何も言わないまま、鏡のある方へ歩きだした。
「アリスの言う通りだよ」
鏡に近づいた夢魔の手が鏡に触れた。
「ボクはこの鏡の中に住んでいる。鏡の中から、出られない」
先程まで仕立て屋のキッチンを映していた鏡は、今は鏡に触れる夢魔を映していた。
手が、通り抜けない――
「どうして?」
そう呟いてはっとする。
「呪い、なの?」
「そう。呪いだよ。僕の呪いは鏡の中の空間から出られないこと」
そう言った夢魔は無表情のまま。でも瞳はどこか寂しげに揺れていて、絶望しながらも、隠しきれない色が見えた。
「もしかして、ずっと、この中で過ごしてきたの?」
一人ぼっちで、ずっと?
「生まれた時からね。だからなに」
「う、ううん、なんでもないんだけど。ねぇ、夢魔は鏡の中から出られないって事はどうやって生活しているの?」
テーブルや椅子、不自然なドアがこの空間にはあるけど、食べ物が見当たらない。
「食事なら仕立て屋が運んできてくれるけど、普段は浮かんでいる星を食べている」
「星ってこれ? 先程から気にはなっていたんだけど」
「た、食べられるの?」
ふわふわと浮くカラフルな星たち。中には光っているものもあるけど、どう見ても食べ物には見えない。
「ボクは食べられるよ。夢魔だから」
「え? どういう事?」
「この星たちは、人が見た夢の塊。夢を食べる夢魔の僕はこれを食料に生きられる」
そう言って夢魔は近くにあった星を手に取り、口に含んだ。
「お、美味しいの?」
人が見た夢。どんな味がするんだろう。
「味はそれぞれだから何とも言えないけど。美味しいかと言われてみれば美味しいよ。アリスには食べられないけど、星に触れれば夢の内容を見る事なら出来ると思うよ」
「そうなの? でも、いいのかな、人の夢を勝手に覗くなんて」
一応不思議の国の法律にもプライバシーのなんたらがあったような。
「いいんじゃない? 仕立て屋も暇な時に来ては見たりして楽しんでるけど。それに見たってバレないし。平気だよ」
「そういう問題ではないと思うんだけど……」
「別にも見たなんて誰にも言わないよ。見たら? アリス、さっきからこっちが呆れるくらい興味津々って顔しているよ」
「う、夢魔の言う通り、興味はあるけど」
「はぁ。じゃあ、あれ。あそこにあるピンク色の星はアリスが前に見た夢だよ。自分の夢なら問題ないんじゃない?」
夢魔の指差した方向にはピンク色の星。
「あれが、私が見た夢?」
近くによってピンク色の星を見てみる。
「光ってないんだね」
中には光っている星もあるのに、この星は光っていない。
「光っているのは今人が見ている夢。反対に光っていない星は見終わった夢」
周りを見渡してみると凄い数の星。上を見ても星が沢山ある。
「綺麗」
まるで星空の中を旅しているみたいな気持ちになる。一通り周りを見渡した後、視線を戻し、私の夢である星と向き合った。