桃色のアリス ~暗黒の魔女とアリスの想い~
「あ、待って」
 鏡に向かう仕立て屋を止め、チェシャ猫に下ろしてもらう。
「夢魔。一緒に出よ。誰かと一緒なら、もしかしたら出られるかもしれない」
 夢魔の手をひき、鏡の方へ歩く。
 手を伸ばし鏡に触れる。けれど、入ってきたように鏡はすり抜けることができない。
 鏡が、私をも拒絶した。 
 向こうを映していた鏡は鏡本来の姿に戻り、私達を映す。すり抜けようと伸ばしていた手は、虚しくも鏡に触れたまま。
「バカだね。アリスは」 
 呆然としていると、ぎゅっと手を握り返された。
「これが、呪い、なの?」
「誰かと一緒で出られるのなら、とっくにそうしているよ」
「どうして夢魔だけが。夢魔だけが一人きりで閉じ込められなければならないの?」
「僕だけじゃない。呪いの形は違うけど、皆同じようには苦しんでいる」
 そうだ。眠りネズミだって、今まさに呪いで寝込んでいる。白ウサギや黒ウサギや、私だって呪いがかかっているのだ。
「そうだよね。ごめんなさい。私、何て事を言っちゃったんだろう。皆苦しいのに」
 夢魔だけじゃない。誰だってそうなのだ。
「僕が此処にいる事なら心配ないよ。馴れたし、別に今さら外に出ようとは思わない」
「でも」
「お前、負けず嫌いな」
 その先の言葉は仕立て屋の言葉に遮られる。話の脈略が読めなくて、仕立て屋以外はきょとんとしてしまう。
「負けたくなかったんだろ。いーんじゃねーの。それがお前の気持ちだろ」
 その言葉に、ドキリとした。仕立て屋はニッ、と笑うと、それ以上は何も言わなかった。
「じゃあ、僕らは行こうか」
「うん。夢魔」
「ん」
 夢魔に向き直ると、夢魔は少し困ったような顔をしていた。小さな手をすくいあげて、潰れないように優しく握る。
「また、来るね。夢魔が寂しくないように。必ず、また会いに来る」
「うん。あ、ありがと」
 夢魔は再び顔を赤くして俯いた。その反応も可愛くて、抱きしめたくなった。チェシャ猫に促され、仕方なく夢魔から離れる。
「……アリス。夢の中で会えるから」
 鏡から出る直前、夢魔がそう呟くのが聞こえた。
「ったく、アリスはほんとドジと言うか、バカだよな」 
 鏡から出てからのに仕立て屋からの一言。
「む。そんなこと……」
 ない、とは反論できない。誰かと一緒に出られるなら、とっくに鏡の世界から出ているよね。
「でも、夢魔は嬉しかったと思うよ」
「そうかな」
 チェシャ猫の一言に顔が綻んだ。少しでも、夢魔が嬉しかったのなら私も嬉しい。
「まっ、それはそうだけどよ」
 仕立て屋は私を見つめニッコリと笑う。
「夢の中でも会えるんだぜ? 心配すんなよな」
『夢の中でも会えるから』 
 夢魔が鏡から出る直前に言った言葉が甦る。
「うん、そうだよね!」
「ア、リス……」
「眠りネズミ!」
 眠りネズミの寝ているソファーに駆け寄ると、眠りネズミが起き上がる姿が見えた。顔色は先程よりも良くなったみたいだけど、眠りネズミが実際どれだけ辛いかは分からないし、呪いの影響がどう出るか分からない以上、油断はできない。いっそのこと、辛さを共有できたらいいのに。
「アリス」
 不意に伸ばされた手。私を見つめる眠りネズミの瞳が、私に何か訴えかけているように見えた。
「無理、させてごめんね」
 伸ばされた手を握り、眠りネズミを見つめる。
 だんだんと視界がぼやけてきて、眠りネズミの顔が見えなくなる。泣いちゃ、ダメなのに。
「ご、ごめんなさい、私、泣いてばっかだね」
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