桃色のアリス ~暗黒の魔女とアリスの想い~

2 白い訪問者

2 白い訪問者

 仕立て屋の店の外に出ると、帽子屋が乗ってきただろう馬車が見えた。空を見上げると、帽子屋の言った通り空は灰色に覆われている。今にでも雨が降りそうだ。
「アリス、こっちだよ」
 ネズミが案内する方向へチェシャ猫と共に進む。急いで、早く見つけないと。もう、目は近くのものなんて見えていない。当然、不注意は形となって身に降りかかってくる。
「きゃっ!」
「アリス!」
 チェシャ猫が止めに来てくれたおかけで転倒することはなかったけれど、お腹あたりに衝撃が走り、足が止まる。
「いててて」
 まだ幼い声が聞こえて、ぶつかったものを確認する。そこには、夢魔よりも幼い男の子が尻餅をついてこちらを見上げていた。私を見つめるのは、丸い丸い瞳。
「わわ、ごめんね! 怪我はない?」
 慌ててしゃがむと、男の子は無邪気に笑った。
「ありがとー! 怪我してないよ!」
「お母さんはどうしたの? 迷子?」 
 普通なら近くにいるはずのお母さんが見当たらない。パーティーをしている辺りから外れているから、人混みは少ない。見渡せばすぐみつかるはずだけど、近くには遊んでいる子供たちと、仮装した人が駆けていく姿しかなかった。
「ううん。お母さんはいないよ」
 そう言って首を傾け、またニコリと笑う。無邪気なその笑顔はとても可愛らしい。
「あのね、あのね! ピンクのお姉ちゃん! ぼくね、ぼくね、探している人がいるの!」
「探している人?」
「うん! そうだよ!」
 助けを求めてチェシャ猫を見る。なんとかしてあげたいけど、今は、頭の中で声が木霊している。
『急げ』
 誰かが、何かが私の気持ちを駆り立てる。世界の崩壊を目の当たりにしたわけでもないのに、汗が滲んだ。
「でもね、もうだいじょーぶ」
「え?」
「だってもう、見つけたから」
 大人の響きをもった、少しだけ低くなった声。確かに男の子から聞こえた気がして耳を疑ったけれど、それを気にすることは出来なかった。
「探しましたよ、アリス」
 穏やかな声が耳に触れた。聞き覚えのある、だけどどこか異なった声。胸がぎゅっと締めつけられる。
「はじめまして、アリス」
 特徴的な白い髪と白い耳。振り返りその白を見た瞬間、頭が真っ白になった。探していた白が、今目の前にある。
 白、ウサギ――
 早く、早く、時計を止めないと
『お前に世界の崩壊は止められない』
「狂気に呑まれてはいけません。アリス。目を覚まして下さい」
 いつの間にか伸ばしていた手は、白ウサギが掴んでいた。服越しに、手の温もりがゆっくりと染み込んでくる。身体の強張りが解けていく代わりに、血の気が引いていった。伸ばしていた手の先には、金色の時計。
「私、白ウサギの時計を、止めようと、していたの? 私、私……」
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