桃色のアリス ~暗黒の魔女とアリスの想い~
『アリス』
再び柔らかな声が耳に届くと、薄いピンクと紫のしましまの猫耳、同じ柄の長い尻尾を持った少年が草原をこちらに向かって走ってきている。赤髪の、まだ幼い少年。
「チェシャ、猫?」
幸せそうな表情をしながら、その少年は私の横を駆け抜ける。少年を追うように振り返ると、シルクハットを被った男性が横ぎっていった。後ろで結われた長い青髪が、さらりと揺れる。彼が見つめる先、赤髪の少年が駆けていった先には黒い星の中で見たあの金髪の少女がいた。
『チェシャ猫』
金髪の少女は駆けてきた幼い少年を抱き締める。チェシャ猫と呼ばれた少年も嬉しそうに少女を抱き締め返した。シルクハットの男性に呼び掛けられると、少女は男性の存在に気付き微笑んだ。恋をしているように愛しげに。
そうだ、彼らも、あの少女と一緒にいて、暗黒の魔女と戦っていた――
地はひび割れ、空は暗雲が渦巻いた世界で。シルクハットの男性もまた、金髪の少女の隣で傷付き、血を流しながらも暗黒の魔女と対峙していた。
『アリス』
『アリス!』
どこから現れたのか、私の横を何人もの人が通りすぎて行った。風でなびいてピンク色の髪が視界に入り、思わずぎゅっと目を瞑る。
再び目を開くと、いつの間にか金髪の少女の周りには沢山の人が集まっていた。耳に届く、楽しそうな笑い声。皆皆、笑っていた。温かい日差しの下で、彼等は幸せそうに見える。皆笑っていて、皆幸せに暮らしている。
この光景こそが、私が描いた夢だ――
呪いなんて、世界の崩壊なんてない世界。皆が笑顔でいる世界。私が暮らしてきた時間は、不幸せなんかじゃなかった。けれど苦しんでいる人もいて、そのことを思うと、呪いのない不思議の国は、私にとって夢のようだった。
「アリス」
気付けば草原の風景から、青い世界へと変わっていた。体を押すのは風ではなく水だ。ゆらゆらと水の流れを受けるように揺れている。
「優しい世界、だったでしょう?」
白ウサギが私を見て微笑んだ。ビルはどこか懐かしそうに瞳を細めている。
「うん。とても、とても幸せそうで、優しい世界」
心に残る、温かい気持ち。あれが魔女に呪いをかけられる前の、不思議の国。
「でも、何かが足りない」
暖かい風。澄んだ空。大切な不思議の国の住人。今この世界にあるはずなのに、何かが欠けている。全ては満ち足りているはずなのに、足りない気がするのはどうしてだろう。
「誰かが、足りない?」
そんな気がして、小さく呟く。あの風景に、黒ウサギがいなかった気がする。
「何か言った?」
「あ、何でもないよ」
気のせい、だよね?
手元にある本を見つめる。すでに開かれたページの中には、先程見た風景が描いてあった。今見た光景が夢ではないと、不思議の本が告げているんだ。そして、これはほんの序章なのだと、本は伝えている。
「ここからが貴女の知りたかった真実です。読み上げてくれますか?」
「うん」
上げた視線を再び本へ戻し、ページをめくる。この本に今から綴られるのは、不思議の国の歴史。呪いの真実。一瞬、暗黒の魔女が記憶を掠めて、手を止める。
考えちゃダメだ。思い出せばまた恐ろしさに囚われて狂ってしまう。今は狂うわけにはいかないのだから。
少しだけ震える手を動かして、ページを開く。
「あれ?」
真っ白。そう思った瞬間、真っ白なページにまるで誰かがペンで文字を綴っているかのように文字が書かれ始めた。文字が書かれなくなると、ページに一人の少女が描かれる。
「この人は」
金髪の少女。一代目アリス――
再び柔らかな声が耳に届くと、薄いピンクと紫のしましまの猫耳、同じ柄の長い尻尾を持った少年が草原をこちらに向かって走ってきている。赤髪の、まだ幼い少年。
「チェシャ、猫?」
幸せそうな表情をしながら、その少年は私の横を駆け抜ける。少年を追うように振り返ると、シルクハットを被った男性が横ぎっていった。後ろで結われた長い青髪が、さらりと揺れる。彼が見つめる先、赤髪の少年が駆けていった先には黒い星の中で見たあの金髪の少女がいた。
『チェシャ猫』
金髪の少女は駆けてきた幼い少年を抱き締める。チェシャ猫と呼ばれた少年も嬉しそうに少女を抱き締め返した。シルクハットの男性に呼び掛けられると、少女は男性の存在に気付き微笑んだ。恋をしているように愛しげに。
そうだ、彼らも、あの少女と一緒にいて、暗黒の魔女と戦っていた――
地はひび割れ、空は暗雲が渦巻いた世界で。シルクハットの男性もまた、金髪の少女の隣で傷付き、血を流しながらも暗黒の魔女と対峙していた。
『アリス』
『アリス!』
どこから現れたのか、私の横を何人もの人が通りすぎて行った。風でなびいてピンク色の髪が視界に入り、思わずぎゅっと目を瞑る。
再び目を開くと、いつの間にか金髪の少女の周りには沢山の人が集まっていた。耳に届く、楽しそうな笑い声。皆皆、笑っていた。温かい日差しの下で、彼等は幸せそうに見える。皆笑っていて、皆幸せに暮らしている。
この光景こそが、私が描いた夢だ――
呪いなんて、世界の崩壊なんてない世界。皆が笑顔でいる世界。私が暮らしてきた時間は、不幸せなんかじゃなかった。けれど苦しんでいる人もいて、そのことを思うと、呪いのない不思議の国は、私にとって夢のようだった。
「アリス」
気付けば草原の風景から、青い世界へと変わっていた。体を押すのは風ではなく水だ。ゆらゆらと水の流れを受けるように揺れている。
「優しい世界、だったでしょう?」
白ウサギが私を見て微笑んだ。ビルはどこか懐かしそうに瞳を細めている。
「うん。とても、とても幸せそうで、優しい世界」
心に残る、温かい気持ち。あれが魔女に呪いをかけられる前の、不思議の国。
「でも、何かが足りない」
暖かい風。澄んだ空。大切な不思議の国の住人。今この世界にあるはずなのに、何かが欠けている。全ては満ち足りているはずなのに、足りない気がするのはどうしてだろう。
「誰かが、足りない?」
そんな気がして、小さく呟く。あの風景に、黒ウサギがいなかった気がする。
「何か言った?」
「あ、何でもないよ」
気のせい、だよね?
手元にある本を見つめる。すでに開かれたページの中には、先程見た風景が描いてあった。今見た光景が夢ではないと、不思議の本が告げているんだ。そして、これはほんの序章なのだと、本は伝えている。
「ここからが貴女の知りたかった真実です。読み上げてくれますか?」
「うん」
上げた視線を再び本へ戻し、ページをめくる。この本に今から綴られるのは、不思議の国の歴史。呪いの真実。一瞬、暗黒の魔女が記憶を掠めて、手を止める。
考えちゃダメだ。思い出せばまた恐ろしさに囚われて狂ってしまう。今は狂うわけにはいかないのだから。
少しだけ震える手を動かして、ページを開く。
「あれ?」
真っ白。そう思った瞬間、真っ白なページにまるで誰かがペンで文字を綴っているかのように文字が書かれ始めた。文字が書かれなくなると、ページに一人の少女が描かれる。
「この人は」
金髪の少女。一代目アリス――