想いはいつか、本物になる。〜契約結婚脱出までの私たちの365日〜
 監督者の立場としても、見過ごせないと思ったのかもしれない。

「香川チーフ、私なら大丈夫ですから」

 チーフを止めようとした時、凱斗さんの声が静かに響いた。

「悪いが、私には愛する妻がいる。妻のことを一生裏切る気はないし、既婚者にそういった誘いをかける君のような人間のことは、心から軽蔑する」

 きっぱりと言い放つと、凱斗さんはCAのことを置き去りにして歩き出した。彼の靴音が、どんどん私に近づいてくる。

「蒼羽、今から?」
「はい」
「そうか、気をつけて。家で君の帰りを待ってる」

 去り際に微かに笑みを浮かべ、スーツケースを引いて去っていく。

 私はびっくりして、その場に立ち尽くした。

「ちょっと、素敵な旦那さまじゃない!」

 興奮した香川チーフに、両手を掴まれ揺すぶられる。

「え? ええ……」
「大丈夫? あなた顔真っ赤よ」

 そうだろうきっと。だって耳まで熱い。

「愛されてるのね、青柳さん」

 そう言われて、スッとそれまでの熱が冷めた。

 これ以上女性を寄せつけないための、あれはお芝居。彼の本心じゃない。

 一瞬でも、錯覚した自分が恥ずかしい……。

「はい、自慢の旦那さまなんです」

 照れ笑い、ちゃんとできているだろうか。

 動揺する心を押し隠して、私は精一杯、仲の良い夫婦と思ってもらえるように演じた。


 
< 108 / 173 >

この作品をシェア

pagetop