敗戦国の花嫁 ー愛してはいけない人を愛してしまった

51 重なった記憶

 短い沈黙の後、ユリアは静かに立ち上がる。
 椅子が床に触れる、かすかな音だけが寝室に落ちる。
 
「……冷めてしまいましたね。もう一杯、いかがですか?」
「……ああ」

 ユリアはエルフナルドからティーカップを受け取り、静かに新しいハーブティーを淹れ直した。

「お待たせしました」

 ユリアがカップを置こうとした、その瞬間――
 足元が、ほんのわずかにもつれた。

 バランスを崩した拍子に、カップは傾き、中身のハーブティーが、そのままエルフナルドの上へと零れ落ちた。

「――っ」
「も、申し訳ありません!!」
 
 自分でも驚くほど大きな声が出た。
 顔から血の気が引くのを感じながら、ユリアは駆け寄った。

「や、火傷は……! だ、大丈夫ですか? お洋服を脱がれた方が――」

 咄嗟に襟元へ手を伸ばした瞬間、ユリアの手首が強く掴まれた。

「大丈夫だ。自分でやる」

 低く、短い声。
 拒絶の色が、はっきりと滲んでいた。
 
「あ……申し訳ありません……」

 ユリアは反射的に頭を下げた。
 掴まれていた手首が、ゆっくりと離された。
 
「着替えてくる。お前はもう寝ていろ」

 それだけ言うと、エルフナルドは踵を返し、寝室を出て行った。
 ほどなくして、着替えを終えたエルフナルドが戻ってきた。

「あの……本当に申し訳ありませんでした。お体は……火傷は――」
「何ともない。もう寝るぞ」

 言葉を遮るように言い切り、エルフナルドはベッドに横になると目を閉じた。

 それ以上、声をかけることはできなかった。
 ユリアはしばらくの間、眠るエルフナルドをじっと見つめていた。

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