敗戦国の花嫁 ー愛してはいけない人を愛してしまった
 あれから一年ほど経った頃。
 戦を終えたヘレンが、ユリアのもとを訪ねてきた。

「ユリア、久しぶりだな。元気にしていたか?」

 ヘレンは少し疲れた表情を浮かべながらも、穏やかに微笑んだ。

「私は元気に過ごしております。お兄様のほうが、少しお疲れのようですね。それなのに、こうして部屋を訪ねてくださり、ありがとうございます。紅茶でもお飲みになりますか?」

 ユリアはそう言って、長椅子から立ち上がった。

「ありがとう。いただこうか」
「ええ。どうぞ、おかけください」

 二人で口にしていると、ヘレンはカップを手にしたまま、慎重な面持ちで切り出した。

「今回の戦で……少し、気になる噂を耳にしてな」

 ヘレンは紅茶を置き、しばらく言葉を選ぶように視線を落とした。

「ど、どのような噂なのですか?」

 沈黙に耐えきれず、ユリアが問いかける。

「とある村で聞いた話だ。――山に、人の傷を癒す神が住んでいる、という噂だ。その神は……とある国の王子の致命傷を治したのだとか」

 ヘレンの表情は険しく、ティーカップを握る手に力がこもっていた。

「神……? ティーン国の人々のように、ヒーリングの力を持つ者がいるということですか?」
「……詳しいことは分からない。ただ、ここ数年ユーハイム国の戦況は厳しく、国外へ逃亡する兵も少なくない。お前はあまり知らないかもしれないが、ティーン国の力のことは、ユーハイム国では口外すれば死罪だ。もし……脱走兵がそれを漏らしていたとなれば、処罰は難しく、噂だけが広まる可能性がある」

 ヘレンは一度言葉を区切り、ユリアをまっすぐ見た。

「そして……今回語られている“神”が、お前である可能性も、捨てきれない」

 ユリアは、その言葉に衝撃を受けた。
 自分が噂の神であるなど、考えたこともなかった。

 ――王子の、致命傷……?

 その瞬間、洞窟で助けたあの青年の姿が、鮮明によみがえった。

 ――もし……あの青年が、どこかの国の王子だったとしたら……。

 ユリアの額に、じっとりと汗が滲んだ。

「大丈夫だ、ユリア。お前のことは、私が必ず守る。だが、もしその噂がお前に関わるものなら……今後は、より一層力の使い方に気をつけなければならない。いいな、ユリア」
「……はい。ありがとうございます……」

 ユリアは、あの洞窟で青年を治したことを――最後まで、ヘレンに打ち明けることができなかった。
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