敗戦国の花嫁 ー愛してはいけない人を愛してしまった

54 癒えぬ傷

目を覚ましたエルフナルドは、自分の体が汗でびっしょり濡れていることに気付いた。

 ――ずいぶん眠ってしまったな……。
 久しぶりに、あの傷が痛んだからだろうか。

 そう考えた時、書庫の入口から慌ただしい足音が近づいてきた。
 エルフナルドを探していたカリルが、こちらへ駆け寄ってくる。

「ここにいらしたのですか。なかなかお戻りになられないので、心配いたしました。……そのご様子ですと、あの傷が?」

 汗に濡れたエルフナルドを見て、カリルは不安を隠せない表情を浮かべた。

「……ああ。久しぶりに、少しだけな。だが問題ない」

 エルフナルドは首筋の汗をハンカチで拭い、ゆっくりと立ち上がる。

「しかし……一度、医局で診ていただいた方が――。あれから何年も経っているというのに、痛みが出るというのは――」
「大丈夫だと言っている」

 エルフナルドは左肩口を押さえ、きっぱりと言い切った。

「……この傷痕を、他の者に見せるつもりはない」
「……」
「忘れたのか。あの日、重傷を負ったはずの私が、一晩で戻ってきた時……周囲が何と言っていたかを」
「……忘れるはずが、ございません」

 カリルは目を伏せ、苦しげにそう答えた。

「ならば、この件は二度と口にするな」

 それだけ言い残し、エルフナルドは書庫を後にした。

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