敗戦国の花嫁 ー愛してはいけない人を愛してしまった
「ユリア様は、ここに座っていてください。私がお父様をお連れしますから」
「……ありがとうございます」

 そう言うと、クリックは小走りで建物の外へと向かった。

「お姉ちゃん……大丈夫?」

 男の子が、不安そうにユリアの顔を覗き込む。

「ええ、大丈夫よ。ちょっとふらついただけだから」

 ユリアは安心させるように、いつも通りの微笑みを浮かべた。
 ほどなくして、男の子の無事を知った父親が駆け寄ってきた。
 強く抱きしめ、何度もその背を撫でる。

「良かった……! 本当に、無事だったんだな……! あの……ありがとうございます。本当に、ありがとうございます!」

 男の子の父親は、感情が抑えきれない様子で、何度も深く頭を下げた。

「どうか頭を上げてください。こちらの男の人が、火の中から助け出してくださったのです」

 ユリアがそう告げると、父親は救出した男の方へ向き直り、同じように何度も礼を述べた。
 その光景を見ながら、ユリアの胸の奥がじんわりと熱くなった。
 
 火事の負傷者の治療を終えた後、ユリアとクリックは王宮へ戻る馬車に乗っていた。
 ユリアは一人で帰れると告げたが、クリックは首を横に振り、王宮まで付き添うと言って譲らなかった。
 馬車の中は、車輪の音だけが静かに響き、二人とも言葉を発しなかった。
 男の子を助けるために力を使ったあの瞬間、周囲の視線や、その後のことなど、ユリアの頭からは完全に抜け落ちていた。
 クリックは、その一部始終をすぐ側で見ていた。
 そして――医師や、他にも何人かがあの光景を見ている。
 あの変化を、不審に思わないはずがない。

 ――この力のことを、クリック様にどう伝えればいいのか……。

 そして――。

 あの火傷が、全て跡形もなく治った。

 信じられなかった。
 今まで一度も、痣を残さずに治せたことなどなかった。
 かつて、あの洞窟でエルフナルドを治した時でさえ……。

 ユリアはそっと目を閉じた。
 馬車は何事もなかったかのように、王宮へ向かって走り続けていた。
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