敗戦国の花嫁 ー愛してはいけない人を愛してしまった
「……何をしている」

 地を這うような、低く冷たい声が部屋に響いた。
 ユリアは、はっとして声のした方へ視線を向ける。

 そこには――
 本来、ここにいるはずのない人物が立っていた。

「……へ……陛下……?」

 目の前に立つエルフナルドの姿が信じられず、ユリアは何度も瞬きをした。

「ど、どうして……貴様がここに……!?」

 シルクベイン王もまた、目を見開き声を荒げた。

「どうして、だと?」

 エルフナルドは一歩前に出て、淡々と言い放つ。

「勝手に連れ去ったのは貴様だろう。私は、自分の妻を取り戻しに来ただけだ」

 そして、冷たい視線をシルクベイン王に向けた。

「それに――手紙に書いたはずだ。ユーハイムには帰れないと。それを無視して強引に連れ去るとは……また我が国に戦争でも仕掛けるつもりか?」
「ユリアは私の娘だ! 娘に触れて、何が悪い!」

 シルクベイン王が怒鳴り声を上げる。

「……それは、もう私の妻だ」

 エルフナルドは静かに言い、ゆっくりと剣を抜いた。

「お前が触れてよい存在ではない」

 剣先が、真っ直ぐシルクベイン王を捉える。

「な……何をするつもりだ……」

 動揺する王を前に、エルフナルドは剣を構えたまま、ユリアへと視線を移した。

「……お前が、選べ」
「……え……?」

 意味が分からず、ユリアは小さく首を傾げる。

「私の元へ戻るか……それとも、この国に残るか」

 その真剣な眼差しに、ユリアは喉を鳴らし、唾を飲み込んだ。

「望む方を選べ。だが、もし私の元へ戻るなら……」

 一瞬の間。

「今度こそ、二度とここへは戻れない」

 低く、逃げ場のない声だった。

「……意味は、分かるな。ユリア」

 名を呼ばれ、ユリアの肩がびくりと震えた。
 溢れ出しそうになる涙を、必死で堪える。

「な、何を勝手なことを――!」

 シルクベイン王の声を遮るように、ユリアは小さく、しかしはっきりと口を開いた。

「……陛下の元に戻りたいです。どうか……お側に……」

 ユリアの声は震えていた。
 堪えていた涙が、ついに堰を切ったように溢れ落ちた。
 エルフナルドは、しばらく黙ったままユリアを見つめていたが――
 やがて、ゆっくりと目を閉じる。

「……分かった」

 その一言は、剣よりも重く、部屋に落ちた。
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