敗戦国の花嫁 ー愛してはいけない人を愛してしまった
「抜け出すのではありません。自ら、王宮を出るのです」
「……え?」
「兄上には、心配をかけぬよう手紙を書いてください。……離縁を望む、と」
「そんなこと、できるわけ――」
「できない、とは言わせません」

 フレドリックの表情から、笑みが消えた。
 冷えた視線で、ユリアを見下ろす。

「出来なければ……また、あなたのせいで誰かが傷つくだけですから」
「……ど、どういう意味ですか……?」

 不安を押し殺しながら、ユリアが尋ねる。

「市場であなたの侍女を襲わせたのも、王宮門前で薬師を襲わせたのも……僕ですよ」
「……え……?」

 思考が追いつかず、ユリアは息を呑んだ。

「あなたに本当に力があるのか、確かめる必要がありましたからね。生憎、二人とも傷が浅く……あなたは力を使わなかった」

 淡々と語るフレドリックの声に、背筋が凍る。

「ですから……もし僕の言うことを聞いていただけないのなら、もう一度同じことをします。今度は、あなたが力を使えないようにした上で。あるいは、いっそのこと……」
「わ、分かりました!」

 息が詰まり、まともに呼吸もできないまま、ユリアは叫んだ。

「フレドリック様のおっしゃる通りにいたします……! ですから、これ以上、誰かを傷つけるのはやめてください……!」

 悲痛な表情で、ユリアは深く頭を下げた。

「それで結構です」

 フレドリックは満足そうに微笑む。

「では、明日の正午過ぎに使いを出します。くれぐれも、周囲に悟られぬように」

 そう言い残し、フレドリックは闇に紛れるように去っていった。
 ユリアはしばらく、その場から動けずに立ち尽くしていたが、やがて重い足取りで自室へ戻った。

 そして、フレドリックに言われた通り――
 震える手で、エルフナルド宛ての手紙を書き始めた。
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