敗戦国の花嫁 ー愛してはいけない人を愛してしまった

87 諦めるべき存在

 エルフナルドはその晩、執務を終えると自室の長椅子にゆっくりと腰を沈め、手にした酒のグラスをそっと傾けた。
 喉を焼く刺激にも構わず、ゆっくりと酒を口に含んだ。
 昼に目にしたユリアの姿が、まるで影のように、何度も脳裏に浮かんでは、静かに消えていった。
 
 ――本当に、見抜けなかった。

 正直に言えば、ユリアが嘘をついているのなら、すぐに分かると思っていた。
 いつものユリアなら、視線やほんの僅かな表情の変化で、何を考えているか分かったはずだった。
 だが、久しぶりに目にしたユリアは、アリシアの言葉通り、まるで別人だった。
 自分と顔を合わせた瞬間こそ、確かに驚いた様子を見せた。
 しかし、それも一瞬だった。
 その後は、何を問いかけても、感情を押し殺したような無表情のまま。
 声も、視線も、隙がなかった。
 あんなユリアの姿は初めてだった。
 そして、残された手紙の内容だけでは、どうしても信じ切れなかった。
 だからこそ、直接会って確かめようとしたのに――。

 ユリアの口から告げられたのは、義弟を慕っているという言葉。

「お慕いしております」

 その一言を聞いた瞬間、鈍器で頭を殴られたような衝撃が走った。
 自分と共にいた間、あれほど多くの時間を過ごしながら、
あいつは――
 一度として、その言葉を口にしなかった。
 それを、他の男の名と共に、あんなにも淡々と告げるなど。
 胸の奥が締めつけられ、息が詰まった。
 これ以上、あの場に留まっていれば、何をしてしまうか分からなかった。
 だから、ユリアを残して、逃げるようにその場を去った。

 ――もう、自分にはどうすることもできない。
 諦めるしかない。
 理屈では、そう分かっている。

 だが。

 ――こんなにも、あいつを欲しているというのに……。

 グラスを握る指に、無意識に力がこもった。

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