敗戦国の花嫁 ー愛してはいけない人を愛してしまった

93 闇に刺す光

「……おい。止血だ」

 アシュリー王は血に染まった床を一瞥し、事務的に部屋の外へ声を投げる。

「出血が広がる前に、早くしろ」

「は、はい!!」

 慌ただしい足音が、遠くで交錯した。
 ユリアは、その光景を現実として受け取れず、ただ首を振り続けていた。

「……貴方は……正気なのですか……?」

 震える声で、問いかける。

 床に転がる血塗れのフレドリック。
 絶え間なく続く、呻き。

「……自分の息子を……そんな……物のように……」
「黙れ!!」

 怒声が、空気を叩き潰した。

「こうなったのは、すべてお前のせいだろうが!!」
 
 アシュリー王は大股で歩み寄り、乱暴にユリアの胸倉を掴み上げる。

「……それに」

 歪んだ笑みが、口元に浮かんだ。

「お前にも、死なれては困る」

 ぎらりと剣が掲げられる。

「どこから壊死が始まっている? 勝手な真似ができぬよう、手足すべてを使えなくしてやろうか?」

 剣先が、ユリアの視界に迫る。

「――っ!!」
「おやめください!!」

 力の限り突き飛ばし、床に転がる刃へ手を伸ばす。

 次の瞬間――
 ユリアは、迷いなく自らの喉元へ刃を向けた。
 
 だが。

「――させるか!!」

 強い力に手首を掴まれ、刃は空を切る。

「離して!!」

 必死に叫ぶ。

「離して!! お願い……!! 死なせて!!!!」

 嗚咽混じりの声が、部屋に響き渡った。

「ユリア!!!!」

 扉が再び、大きく開かれる。
 
 飛び込んできたのは、エルフナルドだった。

 その目に映ったのは――
 血に濡れた床、壊れた弟、剣を振り上げる父、そして拘束されるユリア。

 理解するより早く、身体が動いた。
 剣を抜き、父へと向ける。

「父上……これは、一体何なのですか。今すぐ、ユリアを離してください」
「エルフナルド……」

 先王は、苛立たしげに舌打ちする。

「説明している暇はない。 この娘の四肢を処置せねば、すべてが水の泡だ。邪魔をするな!!」

 剣が、ユリアの手首へ振り下ろされた。
 寸前のところで先王の剣が弾かれ、床へ深く突き刺さった。
 
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