敗戦国の花嫁 ー愛してはいけない人を愛してしまった
 その日の夕刻、エルフナルドが王宮に帰還した。
 そしてその夜、ユリアの部屋に彼が訪ねてきた。

 ユリアが目を覚ましてから数日後、エルフナルドは長期視察で王宮を離れていたため、二人が顔を合わせるのは、約一ヶ月ぶりだった。

「ユリア、久しぶりだな。……顔色が、あまり良くない。セルビアの言っていた通りだな……」

 目元の隈に気づき、エルフナルドは眉を寄せる。

「ご公務、お疲れ様でございます。……明日からは、もう少しゆっくり訓練するつもりです」

 ユリアはベッドに座ったまま、深く頭を下げた。

「ああ。そうするといい。訓練しない日があっても構わない。……体力を戻すのも、立派な訓練だ」

 そう言うと、エルフナルドは部屋を後にした。

 ――まずは、眠らなくては……。

 ユリアはベッドに横になり、自分の手を見つめた。

 ――明日、薬事室で睡眠薬を作ろう。
 この手で、どこまで出来るか分からないけれど……。

 
 数時間後、ユリアの部屋に小さなうめき声が響いた。
 この一ヶ月、幾度となく繰り返されてきた夜だった。

 ――お前は、毎日子種を注いでやっているのに、子も身籠れないのか?

 ――やめて……痛い……助けて……。

 軟禁されていた日々の記憶が、容赦なく蘇る。

「……やめて……助けて……」

 眠りの中で、ユリアは泣きながら呟いた。
 荒い息とともに、涙が頬を伝う。

 日付が変わる頃、エルフナルドはユリアの様子を見に来ていた。
 部屋の前で、微かなうめき声を聞き取り、慌てて中へ入る。
 ベッドの上で、ユリアは苦しそうに身をよじっていた。
 エルフナルドは、アリシアから聞いていた。

 ――夜、ほとんど眠れていないこと。
 眠っても、すぐにうなされてしまうこと。

 大粒の汗が滲むユリアの額に、思わず指を伸ばし、そっと拭う。
 すると、ユリアの眉が小さく動いた。

「……ユリア?」
 
 返事はなかった。
 だが、震える手が、エルフナルドの手を掴んだ。
 その瞬間、険しかった表情が、わずかに緩む。
 うめき声も、次第に収まっていく。
 エルフナルドはそっと背を撫で続けた。
 ユリアが静かな寝息を立て始めるまで、ずっと。
 夜明けが近づき、ユリアが身じろぎを始めたのを見て、
 目覚めた時に驚かせぬよう、静かに手を離し、部屋を後にした。
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