敗戦国の花嫁 ー愛してはいけない人を愛してしまった
 その夜、ユリアがすっかり寝静まった頃、エルフナルドはいつものようにユリアの様子を見に、静かに部屋へと足を踏み入れた。
 灯りを落とした室内は穏やかな静寂に包まれており、規則正しい寝息だけが微かに響いている。
 エルフナルドはベッド脇へ近づき、テーブルの上に置かれた小瓶に目を留めた。
 それは、ユリア自身が調合した睡眠薬だった。

――やはり……睡眠薬がなければ、眠れないのか。

 胸の奥に、かすかな痛みが走る。
 だが、ユリアの表情は穏やかで、以前のようにうなされる様子もない。

――……以前より、きちんと効いているようだな。

 そう思いながらも、エルフナルドの胸中には、拭いきれない葛藤が渦巻いていた。
 もう、自分が抱きしめて眠らせる必要はないのではないか。
 むしろ、それは彼女の決意を踏みにじる行為なのではないか――。

 しかし――
 しばらく立ち尽くした末、エルフナルドは小さく息を吐き、ユリアを起こさぬよう細心の注意を払いながら、そっとベッドに身を横たえた。
 そして、静かに腕を伸ばし、ユリアを抱き寄せる。
 眠っている彼女にとって、もはや必要のない行為だと分かっていても。
 それでも、腕に込める力は、知らず知らずのうちに熱を帯びていた。
 しばらくして、ユリアの意識がゆっくりと浮上する。

――……また、抱きしめてくれている。

 目を閉じたまま、ユリアはその温もりを確かめるように息を整えた。
 けれど、胸の奥で、はっきりとした声が囁く。

――でも……もう、抱きしめ返してはいけない。
 あの日、「今日だけ」と誓ったはずなのに……。

 そう思うのに、胸いっぱいに広がるエルフナルドの香りが、その決意を静かに揺さぶる。

 ――陛下は……眠っていらっしゃるのかしら。
 少しだけ……ほんの少しだけなら……。

 手を回しても、寝返りを打ったふりをすれば、気づかれないかもしれない。
 夜だけは、甘えてもいいのではないか。
 足が、もう少し自由に動くようになるまで……本当に、もう少しだけ。

 揺れる想いの末、ユリアはおそるおそる腕を伸ばし、エルフナルドの背に回した。

 その瞬間、彼の身体がほんのわずかに動いた気がした。
 そして――
 ユリアを抱く腕の力が、わずかに、しかし確かに強まった。
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