敗戦国の花嫁 ー愛してはいけない人を愛してしまった
 王宮の豪奢さはない。
 けれど、この部屋には誰の影もない。

 ――早くこの生活に慣れて、皆さんの役に立てるようにしよう……。

 そう自分に言い聞かせ、ユリアは明日からの仕事に備えて床に就いた。
 
 その頃、王宮の執務室では、セルビアがエルフナルドの前に立っていた。

「ユリアは、無事に辿り着いたか?」
「はい。問題なく、引っ越しも終えられました」
「……そうか」

 エルフナルドは、わずかに息をついた。

「お前に、こんなことを頼んですまないな」
「とんでもございません。私に任せていただけたこと、光栄に思っております」
「今後も、くれぐれも見つからぬように頼む」
「はい」

 実はエルフナルドは、ユリアが王宮を出ると告げた翌日、密かにセルビアを呼び出していた。

 彼女の意思を尊重すると決めた。
 だが、何もせずに手放すことは、どうしてもできなかった。
 
 安全に暮らしているか。
 困っていないか。
 誰かに傷つけられていないか。
 
 直接そばにいることは、もう許されない。
 それでも、影から見守ることだけは、どうしても手放せなかった。

 ――もし、これが知られたら……ユリアはどう思うだろうか。

 だが、それでも。

「何か変わったことがあれば、すぐに知らせてくれ」
「かしこまりました」

 それから、ユリアの医局での生活は概ね順調だった。
 足が思うように動かず、作業に時間がかかることもあったが、薬を煎じ、人の役に立つ日々は充実していた。

 けれど――
 心のどこかに、小さな穴が空いたような感覚が残り続けていた。

 その理由を、ユリアはわかっていた。
 だからこそ、考えないようにしていた。

 ――時間が、忘れさせてくれる。

 そう思おうとした瞬間、胸の奥がきゅっと痛んで、ユリアは小さく息を吸い直した。
 呼吸はすぐに整ったはずなのに、その違和感だけが、しばらく胸に残った。

 ――大丈夫。
 前を向かなければ。

 自分にそう言い聞かせるように、ユリアは静かに目を閉じた。
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