敗戦国の花嫁 ー愛してはいけない人を愛してしまった

110 側に……

 しばらくして、ユリアは涙で濡れた睫毛を伏せ、感情を押し込めるように胸元で手を握る。
 
 ――落ち着いて。
 この温もりに縋ってしまえば、もう離れられなくなる。

 小さく息を吐き、覚悟を固める。

「……取り乱してしまい、申し訳ありませんでした」

 声は、驚くほど静かだった。
 けれどそれは、落ち着いたからではない。

「もう……大丈夫です」

 そう言って、ユリアはゆっくりと身を引いた。
 指先が離れる瞬間、思わず掴み返しそうになる衝動を、必死に堪える。
 視線を上げないまま、務めて淡々と続けた。

「夜が明けたら、私が乗ってきた馬で共にここを出ましょう。ここから五キロほど先に救援テントがあります。皆様そちらにいらっしゃいます、陛下がお戻りになれば、皆も安心するはず――」
「ユリア」

 言葉の途中で、名を呼ばれた。
 次の瞬間、離れかけた腕を強く掴まれる。
 ユリアは息を呑んだ。

 振り向いた先で、エルフナルドはじっとこちらを見つめていた。
 その視線は、先ほどまでのものとは違った。
 何かを見極めようとする、鋭い眼差しだった。

 ――逃がさない。
 そんな意志が、はっきりと宿っていた。

「私が死んだかもしれないと聞いて……怖かったか?」

 問いは静かだったが、重みがあった。
 ユリアの肩が、びくりと跳ねる。
 すぐには答えられず、視線を逸らす。
 沈黙が、洞窟の中に落ちた。

「……はい」

 かすれた声で、ようやくそれだけを絞り出す。

「ですが……貴方は、この国の王ですから……。市民として、陛下の安否を案じるのは当然のことで……」

 言い訳のような言葉だった。
 自分でも、そうだと分かっている。

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