敗戦国の花嫁 ー愛してはいけない人を愛してしまった

112 名もなき嘘

 セルビアは一度、静かに目を閉じ、覚悟を胸に刻んでから、洞窟の中へと足を踏み入れた。

「陛下、ユリア様ご無事ですか?」

 その声に、二人が振り向く。

「セルビアか。よくこの場所に気付いてくれた。私も、ユリアも問題ない」

 そう言ったエルフナルドの声は、落ち着いていた。
 だが、その直後――
 ほんの一瞬だけ、セルビアを見た。

 何かを言いかけて、やめたような。
 そんな、わずかな“間”。

 セルビアはその視線を受け止め、すべてを察した。

 ――ああ……なるほど。
 ここで、踏み込んではならない。

 理由を問う必要などなかった。
 セルビアは静かに一度、まぶたを伏せる。
 
「……え? どうしてセルビアが……?」

 セルビアは即座に答えなかった。
 ほんのわずか、言葉を選ぶような間があった。
 その沈黙に、エルフナルドは何も口を挟まなかった。
 セルビアは顔を上げ、穏やかな声で告げる。

「私も、この視察に同行しておりまして……陛下を探しておりました」

 セルビア自身が、それが用意された答えだと分かっていた。

「陛下の行方が分からないと聞き、捜索に加わっておりました。お二人がご一緒で、安心いたしました」

 それ以上の説明はしなかった。

「ユリア様、お怪我はありませんか?」
「私は大丈夫よ。ただ……クリック様を一人、救援テントに向かわせてしまって……」
「心配いりません」
 
 セルビアはすぐに言葉を重ねる。

「こちらへ来る途中、クリック様とはお話ししました。ユリア様のことは、私に任せてくださいとお伝えしております。ですから、どうかご心配なさらずに」
「セルビア……ありがとう。心配かけてしまって、ごめんなさい」
「とんでもございません」

 そう応じた後、セルビアは一拍置いてから、はっとしたように姿勢を正した。

 ――いけない。

 ユリア様の無事に安堵するあまり、陛下への配慮が遅れてしまった。

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