敗戦国の花嫁 ー愛してはいけない人を愛してしまった

114 静かに重なる呼吸

 夕食を終えたユリアは、自室でエルフナルドを待っていた。
 食事の席で「あとで部屋に行く」と告げられてから、胸の奥が落ち着かず、時計代わりの砂時計を何度も見つめてしまう。
 やがて、扉をノックする音がした。

「はい」

 返事をして扉を開けると、そこにエルフナルドが立っていた。

「待たせたな。遅くなってしまってすまない。疲れただろう?」

 そう言いながら、エルフナルドは自然な仕草でユリアの頭に手を置く。
 その温もりだけで、ユリアの胸はきゅっと締めつけられた。

「……いえ。ご公務、お疲れ様でございました。何かお飲みになりますか?」
「いや、大丈夫だ」

 一度言葉を切り、少しだけ視線を彷徨わせてから、続ける。

「それより……もし、ユリアがよければだが。寝室で一緒に眠らないか」

 おそるおそる問いかけるような声だった。
 強いるつもりはないのだと、その響きだけで伝わってくる。

「はい」

 ユリアは、静かに、けれど迷いなく答えた。
 そう答えると、エルフナルドは一瞬だけ、安堵したように目を伏せた。
 それから、ユリアの部屋の奥にある内扉へと静かに視線を向ける。

「……おいで」

 扉を開く音は、小さく、控えめだった。
 一歩、足を踏み入れただけで、空気が変わる。
 寝室はすぐ隣にあるというのに、そこへ進むまでのわずかな距離が、やけに長く感じられた。
 自然と並んで歩く二人の間隔は、袖が触れそうなほど近い。
 それでも、どちらからも手は伸びなかった。

 近いのに、触れない。
 その距離が、ユリアの胸を静かにざわつかせる。
 やがて、並んでベッドに横になった。
 すぐに灯りは落とされたが、暗闇の中でも、互いの気配ははっきりと分かった。

 エルフナルドは、しばらく何もせず、ただそこにいた。
 触れない時間が、わずかに流れる。

 待っているのだ。
 ユリアが、怯えていないかを。

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