敗戦国の花嫁 ー愛してはいけない人を愛してしまった
 やがてクリックはひとり視線を落とし、庭園の一角に並び始めた薬草へと目を向ける。
 けれど、脳裏に浮かんだのは、隣で土に触れていたユリアの姿だった。
 
 ――……不思議な方だ。
 
 知識があるからではない。
 手際がいいからでもない。

 土に触れるその仕草が、あまりにも迷いがなくて。
 育てることを、結果ではなく過程ごと楽しんでいるように見えた。

 ――王妃、という立場を、忘れてしまいそうになる。

 それが危ういことだと、分かっていないわけではない。
 それでも――目を離せないと思ってしまう自分がいた。
 
「あ、そういえば……」

 ふと、クリックが思い出したように口を開く。

「陛下は、ユリア様がこの庭園を手入れされていることについて、何かおっしゃっていましたか?」
「え……?」

 一瞬、ユリアは言葉を失った。

「い、いえ……特には……」

 そう答えながら、内心では胸がどくりと鳴った。

 ――どうしましょう。
 薬草をどう復活させるか、そればかりに気を取られていて、陛下に許可を得ることをすっかり忘れてしまっていたわ。
 それに、そもそもなかなかお会いする機会もないのに、どう切り出せばいいのかしら……。
 部屋に戻ったら、まずはアリシアに相談してみなくちゃ。 

 その日の夜、自室に戻ったユリアは、そわそわしながらアリシアに尋ねた。

「ねえ……庭園のことなんだけど。私、陛下にお許しをいただくのを、完全に忘れていて……大丈夫かしら?」
「……やはり、そうだと思っていました」

 アリシアは小さく息を吐き、苦笑しながら答える。

「ユリア様が最初に庭園へ行かれた日に、側近のカリル様を通して事前に確認しております。好きに使って構わない、とのことでしたよ」
「聞いてくれていたのね! 本当に、さすがアリシアだわ」
「褒めても何も出ませんよ。それに……ご報告しなかったのは、ユリア様が庭園のことで頭がいっぱいだったからです。もし許可が下りていなくても、どうせ行かれていたでしょう?」
「……ごもっともです」

 ユリアはぺろりと舌を出して、少しおどけてみせた。

「でもね、今日でほとんど手入れは終わったの。あとは水やりをして成長を待つだけ。次は、薬草から薬を作ってみようと思ってるのよ」

 生き生きと語るユリアを、アリシアは微笑ましく見つめていた。
< 34 / 120 >

この作品をシェア

pagetop