敗戦国の花嫁 ー愛してはいけない人を愛してしまった
 翌朝。
 執務室に現れたエルフナルドを一目見るなり、カリルは小さく息を吐いた。

「陛下。お戯れもほどほどになさいませんと……王妃様とのご関係が良くないと、すでに噂が立ち始めております」
「……好きに言わせておけ。現に、あの女との子を作るつもりなどない」

 面倒そうに吐き捨てるエルフナルドに、カリルは眉をひそめた。

「ですが陛下。先王陛下とのお約束は、いかがなさるおつもりですか」
「父上は、私に娶れと言っただけだ。子を成せとは言われていない」
「そのような理屈が通るはずがございません」

 深いため息をつきつつ、カリルは珍しく強い口調で言い返した。

「このままでは、王妃様との不仲の噂も、いずれ先王陛下のお耳に入るでしょう」
「……」
 エルフナルドは書類から視線を外さないまま、わずかに口元を歪めた。
 図星を突かれたわけではない。
 ただ、その話題に向き合うこと自体を、彼は避けていた。
 沈黙するエルフナルドに、カリルはさらに言葉を重ねた。

「まずは、ご一緒に食事を取られてはいかがでしょうか。お二人が並ぶ姿を見せるだけでも、周囲の見方は変わります」

 その提案に、エルフナルドは露骨に顔をしかめた。

 王妃と並ぶ――その言葉だけで、胸の奥に小さな苛立ちが生まれる。
 形式だけの関係を、さも円満であるかのように演じろというのか。
 
「それだけで仲が良いと思う者がいるか? 気休めに過ぎん。そもそも、なぜ私がそこまでせねばならない」
「良い噂も悪い噂も、広まる速さは同じでございます」

 苛立ちを向けられても、カリルは冷静さを崩さなかった。「もう一つ……」
 
 そう前置きしてから、静かに続ける。

「一週間後の舞踏会に、王妃様とご一緒にご出席ください。王宮内だけでなく、国中の目に“仲睦まじい王と王妃”の姿を映しておけば、噂もいくらか沈静化するでしょう」

 エルフナルドは眉間に深い皺を刻み、しばし黙考した。
 やがて、重たい溜め息とともに口を開く。

「……わかった」

 渋々といった声音だったが、それ以上の反論はなかった。
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