敗戦国の花嫁 ー愛してはいけない人を愛してしまった
「……初めて聞くお話です。私の国では、そのような噂は一度も」
「……そうですか」

 少し間を置いて、フレドリックは続けた。

「私達にはリヒターという兄がいまして、その兄上がその噂を耳にし、少し調べていたことがあったのです。ユリア様は北に近いお国のご出身でしょう? 何かご存知かと思ったのですが……残念ですね」
「……お力になれず、申し訳ありません」

 顔を上げると、フレドリックは先ほどと変わらない笑顔を浮かべていた。

「いえ、お気になさらず。それでは、私はこれで」

 深く一礼し、フレドリックは静かに書庫を後にした。

――北の国の魔物……。
 クリック様は、リヒター様がそんな噂を調べていたなんて仰っていなかった。
 それに……なぜフレドリック様が、そんな噂を知っているの?
 しかも、傷を癒すって……まさか……。

 ユリアの首筋を、冷たい汗が伝った。

 また別の日。
 ユリアは再び書庫を訪れていた。
 先日フレドリックから聞かされた話が、どうしても頭から離れなかったのだ。
 
 高い書棚の間を歩きながら、無意識に背筋が伸びる。
 静まり返った書庫には、自分の足音と、布擦れの音だけがやけに大きく響いていた。

 クリックに尋ねても、はっきりした答えは得られなかった。
 
 ――ならば、自分で確かめるしかない。

 棚を一段ずつ見上げ、背表紙に刻まれた文字を追っていく。
 
< 56 / 122 >

この作品をシェア

pagetop