敗戦国の花嫁 ー愛してはいけない人を愛してしまった

27 市場の影

「ユリア様? 大丈夫ですか? 随分と汗をかいていらっしゃいます」

 アリシアが心配そうに覗き込む。

「あ、ごめんなさい。考え事をしていただけよ。それより……あなたの方こそ大変だったのに」

 それ以上心配させまいと、ユリアは微笑んでみせた。
 王宮に着くと、ユリアは自室まで同行しようとするアリシアを制止した。

「アリシア、今日はもう休んで。部屋には一人で戻るわ」
「当然のことをしただけです。お気になさらないでください」
「気にしないなんて無理よ。怪我が治るまで、しばらく仕事もお休みして」
「そんな、大袈裟です」
「大袈裟じゃないわ……早く、治ってほしいの」

 ユリアは包帯の巻かれた腕を見て、悲痛な表情を浮かべた。

「……わかりました。では、お言葉に甘えます」
「ええ。何かあったら、すぐに言ってね」

 アリシアはくすりと笑い、一礼して部屋へ戻っていった。
 ユリアは一人、自室の長椅子に腰掛け、窓の外を眺めながら頭を抱えた。

――犯人は捕まらず……目的も分からないまま。
 でも……どうして、アリシアが……?

 コンコンッ

 
 ノックの音に、ユリアは顔を上げた。

「……アリシア? もう休んでいいって言ったでしょう」

 そう言いながら扉を開けた瞬間、そこに立っていた人物を見て言葉を失った。

「へ、陛下……!?」
「市場で男に襲われたと聞いた」

 それだけ言って、エルフナルドは一度、言葉を切った。
 
「……様子を見に来た」

 エルフナルドは淡々とそう告げ、感情の読めない表情でユリアを見下ろしていた。

「ご心配いただき、ありがとうございます。どうぞ……中へ」

 立ち話をさせるのは失礼だと、ユリアは慌てて部屋へ招き入れた。
 長椅子に腰を下ろしたエルフナルドは、しばらく無言のままユリアを見てから口を開く。

「怪我をしたのは侍女だけだと聞いたが……お前は平気か?」
「……はい。アリシアが庇ってくれたので、私は無傷です。
 ……でも、痛い思いをさせてしまいました」

 ユリアは視線を伏せ、苦しげに答えた。

「……すまなかった。私が護衛を付けたというのに、守れなかった。お前にも、怖い思いをさせたな」

 思いもよらない言葉に、ユリアは思わず顔を上げ、まじまじとエルフナルドを見つめてしまった。

「……何だ、その目は。人が心配しているというのに」
「も、申し訳ありません。あの……陛下のお言葉とは思えなくて……あっ」
「……お前は本当に、思ったことがすぐ顔に出る。王女らしくない」

 そう言って、エルフナルドは小さく喉を鳴らすように笑った。

< 65 / 120 >

この作品をシェア

pagetop