たい焼きの頭としっぽ〜歳の離れた弟を育てていたら、幼なじみの御曹司俳優までお世話することになりました〜
そこからは、行きのウキウキとした気分が、まるで嘘のようだった。

押し潰されるような人の流れが、とにかく苦しい。もう、キラキラとしたビル街の風景を見上げたいとも思わなくて、足元のこれと言って目新しさのないアスファルトばかりを眺めていた。

そんな憂鬱な時間を変えてくれたのは、一歩先を歩くけれど、絶対に手を離すことはない母さんの明るい言葉だった。

「鈴子。迷ってるんでしょ?」

「なんで!?なんで分かるの!?」

驚きながら俯き顔を上げた私は、母さんの背中を見ながら歩き始める。

「……うふふっ……生まれたときからずっと見てきてるんだから、当たり前じゃない」

(へえ〜すごいなあ。母さんは)

「でもね?鈴子。少しでもやってみたいと思ったのなら、その気持ちを聞いてあげるのも良いんじゃないかなって、母さんは思うなあ〜」

「……どうして?」

「だって、新しい人と出会えたり、新しい発見ができるのって、とっても素敵なことじゃない?」

(……うーん。なんか、そう言われると、ちょっと、ワクワクしてきた、かも……?)

「鈴子には、そういう小さな出会いを大切にしてほしいなあ〜」

まるで母さんの歩き方は、私を引っ張って行くみたいに力強いものだった。

でも、その足取りは百段近い石段を前にして、突然ぴたりと止まる。

(……ん??何ごと??)

不思議に思って、母さんの後ろから顔を出すと、一番遠くの段に丸めた背中が小さく見えた。

「あれ?拓真くんじゃない?」

「……そうだね?」

(約束の時間でもないのに。どうしたんだろう?)

「母さん、仕込みあるから。先帰ってるよ」

「はーい!」

母さんはリズミカルに石段を下って、拓真に何やら話しかける。すっと立ち上がった小さな背中は、深々と傾いた。

私も母さんのあとに続くように、一段、また一段と、軽い足取りで飛び乗っていく。

そして、いつものように小さな枯れ枝を探し出そうと、拓真の足元に座り込んだ。

でも拓真の声は、なぜかいつもより元気がない。

「今日は、やめよ」
「……えー!なんでー?」

「鈴子さ、本当にやるの?」
「やるって、何を?」

「……仕事」

(……うわあ、言えない!あんなに張り切って宣言しておいて、やめたいなんて絶対に言えない!)

私は下手な嘘を必死に誤魔化すように、弾ける笑顔を浮かべながら、思いっきり威張ってみせる。

「うん!やるよ!」

すると、なぜか拓真の方が頭を抱えて、私の隣でうずくまり出した。

「うっわぁ……すげえ、心配だわ……」

「なんで心配するの!そこは私を怖がるところじゃん!」

毎度のごとく、対抗心をむき出しにすると、やっと拓真の笑顔も戻ってくる。

「…っ…ははは……なんだ、それ。こっちは真剣に心配してるっていうのにさ……はははっ……」

(あっ……いつもの拓真だ……)

「ほら、またそうやって笑う!」

「……はははっ……鈴子はやっぱり、すごいよ…はははっ……」

「……もう!笑わないで!」
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