レンズ越しの純情
車内には、エアコンの微かな作動音だけが響いていた。
美琴はハンドルを握りながら、チラリと助手席の海都を盗み見る。彼は窓の外を流れるビル群を、感情の読み取れない瞳でただ眺めていた。

​(……気まずい。気まずすぎる)

​美琴は意を決して、沈黙の壁を叩き割ることにした。

​「あの、水口くんはスカウトされたんだよね?」

「まあ」

「どこで? やっぱり原宿とか?」

「……いえ。大学の近くのコンビニの帰りです。町をフラフラ歩いてただけなのに。なんで僕なんですかね」

​海都は不思議そうに首を傾げた。その仕草には、謙遜というよりも、純粋な疑問が混じっている。

​「それがスカウトっていうものだよ。あなた、スタイルもいいし、顔もかっこいいからじゃない?」

​お世辞抜きで、美琴は本心を伝えた。だが、海都は「かっこいい」という言葉に照れる様子もなく、むしろ困ったように眉を寄せた。

​「うーん。僕的には分かんないです。別に、普通だし」

「普通じゃないよ! さっきも駅でみんな振り返ってたの気づかなかった?」

「……みんな急いでるんだな、って思ってました」

​(天然……なの? それとも、無自覚な天才?)

​美琴は心の中で苦笑した。これだけ端正な顔立ちをしていながら、自意識が驚くほど希薄なのだ。

​「期待されてるんだよ。編集長も、あなたには特別な何かがあるって言ってたし」

「そうですか。……天野さんは、僕を見てどう思いました?」

​不意に飛んできた質問に、美琴はハンドルを持つ手に力が入った。

「え? 私? ……ええと、そうね。すごく透明感があって、でもどこか危うい感じがして……目が離せないタイプ、かな」

​美琴が精一杯の編集者らしいコメントを返すと、海都は初めて窓から視線を外し、美琴の方を向いた。

​「ふーん。……面白いですね、天野さん」

​彼がわずかに口角を上げたのを、美琴は見逃さなかった。
冷たくて無愛想だと思っていた彼の瞳に、ほんの一瞬だけ、好奇心の小さな火が灯った気がした。
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