レンズ越しの純情
​「……これ、見ていいですか」

​海都が指差したのは、美琴のデスクに無造作に積み上げられた、過去の『Vivid』のバックナンバーだった。

「あ、うん。もちろん。勉強熱心だね」

「別に。暇なだけです」

​海都は一冊手に取ると、パラパラとページをめくり始めた。

美琴は彼の横顔を盗み見る。デスクを共有すると、彼の圧倒的な「異物感」がより際立つ。色白で整った指先が、インクの匂いのする紙の上を滑っていく。

​美琴は、大久保から引き継いだ海都の資料を整理しようとしたが、手元が落ち着かない。彼が隣にいるだけで、慣れ親しんだ自分のデスクが、なんだか知らない場所のように感じられた。

​「……天野さん」

「な、なに?」

「これ、天野さんが作ったページですか?」

​彼が指し示したのは、誌面の隅にある「今月の着回し30日」という、実用性重視の地味な特集ページだった。

「あ……。そう、それ。私が初めて一人で任されたページ。……地味でしょ?」

​キラキラしたハイブランドの巻頭特集ではない。読者の日常に寄り添った、泥臭い工夫が詰まったページだ。美琴は少し恥ずかしくなって、ファイルを閉じようとした。

​「……嫌いじゃないです。こういうの」

​海都は視線を誌面に落としたまま、ぼそりと呟いた。

「モデルが誰だか分からないくらい服が主役で、でも、ちゃんと生活してる感じがする」

​美琴は、ホッチキスを握ったまま固まった。

そのページは、編集部内でも「実用的すぎて夢がない」と一部で揶揄されていたものだったから。

​「……ありがとう。そう言ってもらえると、救われるな」

​美琴が小さく笑うと、海都はそれ以上何も言わず、また次のページへと視線を移した。

二人の距離は、わずか十センチ。
仕事の喧騒が遠くで鳴り響く中、その狭い空間だけが、不思議なほど穏やかな凪の状態にあった。
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