悪気がないかどうか、それを決めるのは私です

12.薬師としての心構え

 のんびり薬を作っているつもりだった。少なくとも、私の感覚では。

 けれど気づけば、完成したポーションは作業台を埋め尽くし、棚はすでにいっぱいで、床際にまで木箱が積み上がっている。さすがにこれは……。

 原因はわかっている。


『この程度の傷にポーションなんて贅沢だ』


 そう言って、騎士の皆さんが滅多に使わないのだ。その結果、在庫は減るどころか増える一方で、ついには置き場に困るという事態になってしまった。



「エドモンド様……すみません」

 無意識に体がきゅっと縮こまり、思わず声が弱くなる。


「薬剤も、ただではないのに……こんなに作ってしまって……」

 薬草や触媒のことを思うと、申し訳なさが込み上げてきた。節約を心がけているつもりでも、結果的に無駄遣いになってしまったのではないかと不安になる。

 けれどエドモンド様は、気にする様子もなく首を振った。



「いや、いいんだ。第3騎士団は、いつ魔獣狩りに駆り出されるかわからない。必要な時にない、というのが一番困るからな。それに、ポーションを買うより、薬草を仕入れる方がずっと金はかからない。金の心配はしなくていい。遠慮なく使ってくれ」


 私はほっと息をつく。


「……とはいえ、使用期限もあるな。そうだな……こっそり売るか?」

 冗談めかした言い方に、思わず笑ってしまった。


 それなら、と心に浮かんでいた考えを口にする。



「もしお金を気にしなくていいのでしたら、疲労回復の効果もありますし……一週間に一度は、騎士様たちに飲んでほしいです」

 エドモンド様は一瞬驚いたように目を見開き、すぐに破顔した。



「おお、それはいいな。みんな喜ぶぞ。数もあるし、第3で働いている皆にも配ろう。騎士だけじゃなく、裏方の連中にもな」

 それは、いい考えだわ。

 次の瞬間、エドモンド様の表情が、ふっと変わった。さっきまでの柔らかな笑みが消え、真剣な眼差しになる。

 その変化に、私は理由もわからないまま、胸騒ぎを覚えた。



「……そうだ、フローリア。この前、爺さんから聞いたぞ。フローリアが、夜遅くまで残って薬の調合をしようとしていたそうじゃないか」

 ……え。

 私、確かにアルバン様には口止めしたはずなのに――。ばれている。

 

「え、ええと……」

 頭の中が一気に忙しくなる。言い訳を探して、言葉をつなぎ合わせる。



「仕事、というほどでもないのですが……作ってみたいものがありまして。その……つい夢中になってしまって……」

 自分でも苦しいと思いながら、さらに畳みかける。



「あ! でも、以前の職場では、ほぼ毎日夜の当直をしていましたので! 体力には自信があります!」

 これで納得してもらえるだろうか。そう期待して顔を上げた瞬間――。

 エドモンド様が、じっと私を見つめていた。

 笑っていない。いわゆる、“ジト目”というやつだ。

 ……あ、これは。

 本気で、怒っている。



「フローリア。夜というのはな、寝るためにあるんだ」

 ぐうの音も出ない。



「倒れたらどうする? 毎日当直? 騎士でもそんなことはしない」

 眉間にしわを寄せ、呆れと怒りが混じった表情で続ける。



「なんだその職場……禁止だ、禁止! ちゃんと、定時に帰るように!!」

「……はい」

 小さく返事をすると、それ以上言葉が出てこなかった。


 うぅ……。心配してくれたのは、すごく、すごく嬉しい。でも、完全に怒らせてしまった。

 その後、部屋にしばらく沈黙が落ちた。気まずくて、私は手元ばかり見つめてしまう。

 



「あー……」

 エドモンド様が、咳払いをひとつしてから、少しだけ視線を逸らした。

 そして、どこか居心地が悪そうに、私の前へ差し出してきたのは、丁寧に、綺麗にラッピングされた箱だった。


「フローリア。この話は、もう終わりにして……これを君に。よければ、受け取ってくれないか?」

 エドモンド様はそう前置きしてから、私の方へ小さな箱を差し出した。


 先ほどまでの叱責が嘘のような、どこかぎこちない態度。私は思わず、その箱に視線を落とした。



「……これは?」

「洋菓子店《ボヌール》の菓子だ」

「え?」

 思わず声が裏返る。



「あの有名な……? 一度は食べてみたいと思っていました!」

 まさか、名前を聞いただけで胸が躍るほどの名店のお菓子が、目の前にあるなんて。



「で、でも……どうして私に?」

 そう尋ねると、エドモンド様は困ったように頭をかいた。



「いや、実はな……」

 少し言いづらそうに間を置いてから、事情を語り始める。



「サラに、フローリアを騎士団に連れてきたときの経緯を聞かれてな。泣いていた君の頭を撫でた、と話したら――『結婚前の令嬢の頭を、許可なく撫でた? 信じられない。謝罪よ、謝罪!』と、ひどく怒られてな……」

 ……もう、サラったら。



「すまん。つい、弟にするようなことをしてしまった。悪気はなかったんだが……許してくれるか?」

 そう言って、私を見るその表情は、本当に申し訳なさそうで。


「気にしてません。というか……嬉しかったくらいで……」

 私は首を振った。


「っ――」

 一瞬、エドモンド様が息を詰めたように見えた。



「そうか……」

 小さくそう言ってから、箱を差し出す手に、ほんの少し力を込める。



「でも、これはフローリアのために買った物だ。だから、受け取ってほしい」

 その言葉に、もう断る理由なんてなかった。


「はい! じゃあ、遠慮なくいただきますね」

 箱を受け取った瞬間、ふわりと甘い香りが鼻をくすぐる。

 ――いい匂い。

 きっと、焼き菓子だ。丁寧に包まれたその温もりを感じながら、私は自然と笑顔になっていた。

 怒られて、心配されて、そしてこんなふうに気遣われて。なんだか、少しだけくすぐったい。



「ああ。それにしても、サラとはすっかり仲良くなったんだな」

「ええ。とてもよくしてもらっています」

 そう答えると、エドモンド様はどこか懐かしそうに笑った。



「そうだろうな。あいつ、昔から面倒見がいいからな」

 その言い方が、ただの同僚というより、もっと近しい響きを帯びていて、私は少し首を傾げた。

「なんだったか……ああ、ヘアオイルか。サラが、すごく嬉しそうにしていたぞ」

「ふふ、それはよかったです」

 するとエドモンド様は、くつくつと喉を鳴らす。

「あいつ、子どもの頃から変わらないな。近所に住んでいた頃も、新しい櫛だの布切れだのを手に入れるたび、俺のところに見せに来てな」

「え……?」

 思わず聞き返すと、彼はあっさりと言った。



「ああ、言っていなかったか? 俺とサラは、昔は、本当に目と鼻の先に住んでいた」


 ――なるほど。言われてみれば、二人のやり取りには、長年の気安さがある。
 

「俺が貴族になってからも、関係は変わらない。立場は変わっても、中身は昔のままだ」

「……素敵ですね」

「まあな」

 照れ隠しのように短く答えてから、話題を戻す。



「それで、オイルの話だったな」

「はい。洗髪料と一緒に使うと、もっと効果が出るので、今開発中なんです。あ! 残業はしません……」

 慌てて付け足すと、エドモンド様は苦笑した。



「なるほど、それに夢中になっていたわけだな。ああ、そんな顔をするな。怒ってない」

 ほっと息をついた、その直後。


「……しかし、そのオイルは、フローリア自身は使わないのか?」

「私、ですか?」

 思わず自分の髪に触れる。撫でられたとき、もしかして手触りが悪かったかしら。今さらながら、少し恥ずかしい。



「ええと……あまり美容に興味がなくて……」

「そうなのか?」

 意外そうに言ってから、エドモンド様は昔話を思い出すような顔で続けた。


「作った本人が綺麗なら、それだけで説得力がある。ひょろひょろの騎士が『国を守る』と言っても信用されないだろう? 栄養不足の料理人、病気がちな医師……」

 一瞬言葉を切り、


「あ、爺さんのことじゃないぞ。あの人は、俺より長生きしそうだ。はは」



 冗談交じりの言葉に、私は小さく笑った。

 

 サラがあれほど生き生きしているのは、自分で試し、納得したものだけを使っているからなのかもしれない。


 私は、今まで考えたこともなかった。

 作れることに満足して、自分自身を実験台にする覚悟が足りなかったのだ。



「……そうですね」

 私は深く頷いた。

「薬師なのに、美容? と、どこかで線を引いていたのかもしれません。心構えが足りませんでした」

 顔を上げ、はっきりと告げる。



「ありがとうございます、エドモンド様。ほかの薬と同じように、美容のものも、自分で試して、より良いものを作ってみせます」

「おう。その意気だ」

 満足げに頷くエドモンド様を見て、私は、気持ちを新たにした。


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