悪気がないかどうか、それを決めるのは私です
14.断らないでくれ sideエドモンド
sideエドモンド
恋? 俺が、フローリアに……恋?
まさか。そんなはずがあるわけがない。
「そもそも、俺はフローリアより九歳年上だぞ。対象外だろう」
自分に言い聞かせるように、口にする。
年の差がある。彼女はまだ若い。俺のような男を、恋愛対象として見るはずがない。
「何を言っているの。一桁差じゃない。九歳なんて誤差よ」
サラが、即座に切り捨てた。
「誤差……?」
「十や二十年上なんて、貴族の結婚じゃ普通でしょう」
……貴族、怖いな。
だが、それでも納得できず、俺は言葉を重ねる。
「フローリアは、確かに可愛い」
言ってから、少し間が空いた。
「人見知りをするくせに、俺には普通に話しかけてくれる」
思い出すだけで、胸の奥が妙に温かくなる。
「一緒に歩いていると、人の気配に気づくと、さっと俺の陰に隠れる。……いや、俺も隠すがな」
そこは重要だろうか。自分でも分からない。
「頑張っている姿を、応援したいと思う。だが、無理をしてほしくはない。庇護欲というか……そういうものだ。……恋じゃないだろ?」
声が、少し低くなった。言い切ったつもりだった。
だが。
サラは、心底呆れたという表情で、ゆっくりと首を振った。まるで、救いようがないものを見るように。
「いやいや、もう無理。砂糖を吐きそうだわ」
サラが大げさに肩をすくめる。
「甘い。甘すぎるのよ。何なの、それ。いい? じゃあ想像してみなさい。あなたの部下の――そうね、ロナンあたりでいいわ。ロナンに気を許して、楽しそうに話すフローリア」
顔が、ひくりと引きつる。
「ロナンと並んで歩いていて、あなたとすれ違った瞬間――さっと、ロナンの陰に隠れるフローリア。一生懸命頑張っているフローリアに、差し入れをするロナン」
サラは、わざと間を置いた。最後に、満面の笑み。
「はい、どう?」
「……ロナン、殺す……」
低く、喉の奥から声が漏れた。俺に隠れて、何をやっているんだ、あいつは。
「例えば、だから。殺すなよ」
団長が、冷静に釘を刺す。
「だが……ああ、そうか。間違いなく、恋だな」
団長は、一拍置いて、静かに断言した。
サラも、深く頷く。
「しかも、かなり重度の」
二人して、同時にため息をついた。
「いや、しかし……」
「はぁ……頑なね」
それでもなお、何かを探すように口を開きかけた俺を、サラが遮った。
「まあ、いいわ。可愛らしくなったフローリアを見て、自分の気持ちに向き合いなさい」
そして、手をひらひらと振る。
「はい、疲れたから。もう行ってよし」
……俺は副団長だぞ。犬のような扱いを受けている気がしないでもないが、今はそれどころではなかった。
俺は何も言い返せず、素直に団長室を後にする。
廊下に出ても、頭の中はぐちゃぐちゃだった。仕事はまだ山積みのはずだ。やるべきことはいくらでもある。
それなのに気づけば、足は勝手に進路を変えていた。向かう先は、一つしかない。医療室の方角へと。
◇
「……おい、爺さん。元気か」
医療室に足を踏み入れた瞬間、薬草の匂いが鼻を突く。白衣姿の老医師が、面倒くさそうにこちらを振り返った。
「おお、久しぶりじゃな」
しわだらけの顔に、にやりとした笑み。
「わしよりは、お前のほうが顔色が悪いぞ。どうした?」
「いや……フローリアは、今日は来たか?」
言葉を濁しつつ、視線だけで室内を探す。
今は、彼女が手伝っている時間帯のはずだ。
「ああ。来とるぞ」
ほっとしかけた、その直後。
「あそこで、口説かれておる」
なんだと?
一瞬、耳を疑った。
「口説かれている?」
言葉を反芻する間もなく、血が頭に上る。
っ……なぜ止めない。
老医師を見ると、案の定、面白がるように目を細めている。
視線の先を追い、爺さんが顎で示した方角へ急ぐ。足が、勝手に速くなる。
そこにいたのは、ロナン。
やはり、貴様か!!
「ねえ、ねえ、フローリアちゃん。今度の休みってどうしてる? もしよかったら、俺と――」
「……おい、ロナン」
自分でも驚くほど、低い声が出た。空気が、ぴたりと止まる。
ロナンが、ぎぎぎ、と音でも立てそうなほど不自然な動きで振り返った。
「ふ、副団長!? ど、どうしてここに……? あ、俺は腹が痛くて、それで医療室に――」
「その様子で?」
一瞥する。
「もう治っただろう。早く戻れ」
フローリアの目の前から、今すぐ消えろ。
「あ、あの、まだフローリアちゃんと話の途中で……」
「は?」
反射的に、眉間に力が入った。
「お前は、何を調子に乗っている。フローリアは、お前からの差し入れなど受け取らんし、隣も歩かん」
完全に本音が漏れている気もしたが、今はどうでもいい。
「え? さ、差し入れ? 隣? な、何の話ですか、それ……」
「黙れ」
次の瞬間、俺は迷いなくロナンの首根っこを掴んでいた。
「ちょっ、副団長!? あ、あの、首! 首が……!」
「ほら、行くぞ」
「わ、分かりました! 行きます! 行きますからぁ!!」
ロナンは医療室の外へと消えていく。首をさすりながら恨めしそうにこちらを振り返りながら。
……油断も隙もない。
心底そう思いながら、ようやく俺は、背後から向けられている視線の存在を思い出した。
「……大丈夫か、フローリア?」
我ながら、少し硬い声だった。
「はい、大丈夫ですよ? 最近、お休みの日に誘われることが多くて。一人でいることが多いからでしょうか、皆さん気を遣ってくださっているのですよね」
困ったように、でも嬉しそうに続けた。
「申し訳ないのでお断りしていますが……お気持ちは、とてもありがたいです」
断っている。でも、お気持ちはありがたいのか……。
「俺が誘っても、断るか?」
言葉が、思ったよりも真剣な音を帯びた。
頼む。断らないでくれ。
「え? い、いえ……気を遣わなくていいのですよ?」
「気を遣っていない。俺が……フローリアと出かけたいんだ」
一拍置いて、慌てて付け足す。
「あ、いや、その……実は、行ってみたいカフェがあってな。男一人だと入りにくいというか……」
言い訳じみた言葉を、必死に並べる。
「フローリアは、甘いものが好きだろう?」
彼女の表情が、ぱっと明るくなる。
「そういうことでしたら、ぜひ! ふふ、楽しみです。お休みが合う日を、あとで確認しましょうね」
「ああ!」
思わず、即答していた。ほのかに頬を染めたフローリアを見た瞬間、胸が大きく跳ねる。
艶のある髪。透き通るような肌。
今まで見えていなかったものが、急に鮮明になる。目を凝らすほどに、その美しさに心を奪われる。
……サラの言った通りだ。
今まで気づかなかっただけで、フローリアの顔立ちは驚くほど整っている。
行ってみたいカフェなど、本当はない。
だが、彼女と一緒に過ごす時間を作れるなら、理由など何でもよかった。
まだサラは団長室にいるだろうか。人気の店を聞いておかないと。
もう、誤魔化す必要もない。意識してしまえば、疑いようがなかった。認めよう。誰にも、渡したくないのだと。
これは、恋なのだ。
恋? 俺が、フローリアに……恋?
まさか。そんなはずがあるわけがない。
「そもそも、俺はフローリアより九歳年上だぞ。対象外だろう」
自分に言い聞かせるように、口にする。
年の差がある。彼女はまだ若い。俺のような男を、恋愛対象として見るはずがない。
「何を言っているの。一桁差じゃない。九歳なんて誤差よ」
サラが、即座に切り捨てた。
「誤差……?」
「十や二十年上なんて、貴族の結婚じゃ普通でしょう」
……貴族、怖いな。
だが、それでも納得できず、俺は言葉を重ねる。
「フローリアは、確かに可愛い」
言ってから、少し間が空いた。
「人見知りをするくせに、俺には普通に話しかけてくれる」
思い出すだけで、胸の奥が妙に温かくなる。
「一緒に歩いていると、人の気配に気づくと、さっと俺の陰に隠れる。……いや、俺も隠すがな」
そこは重要だろうか。自分でも分からない。
「頑張っている姿を、応援したいと思う。だが、無理をしてほしくはない。庇護欲というか……そういうものだ。……恋じゃないだろ?」
声が、少し低くなった。言い切ったつもりだった。
だが。
サラは、心底呆れたという表情で、ゆっくりと首を振った。まるで、救いようがないものを見るように。
「いやいや、もう無理。砂糖を吐きそうだわ」
サラが大げさに肩をすくめる。
「甘い。甘すぎるのよ。何なの、それ。いい? じゃあ想像してみなさい。あなたの部下の――そうね、ロナンあたりでいいわ。ロナンに気を許して、楽しそうに話すフローリア」
顔が、ひくりと引きつる。
「ロナンと並んで歩いていて、あなたとすれ違った瞬間――さっと、ロナンの陰に隠れるフローリア。一生懸命頑張っているフローリアに、差し入れをするロナン」
サラは、わざと間を置いた。最後に、満面の笑み。
「はい、どう?」
「……ロナン、殺す……」
低く、喉の奥から声が漏れた。俺に隠れて、何をやっているんだ、あいつは。
「例えば、だから。殺すなよ」
団長が、冷静に釘を刺す。
「だが……ああ、そうか。間違いなく、恋だな」
団長は、一拍置いて、静かに断言した。
サラも、深く頷く。
「しかも、かなり重度の」
二人して、同時にため息をついた。
「いや、しかし……」
「はぁ……頑なね」
それでもなお、何かを探すように口を開きかけた俺を、サラが遮った。
「まあ、いいわ。可愛らしくなったフローリアを見て、自分の気持ちに向き合いなさい」
そして、手をひらひらと振る。
「はい、疲れたから。もう行ってよし」
……俺は副団長だぞ。犬のような扱いを受けている気がしないでもないが、今はそれどころではなかった。
俺は何も言い返せず、素直に団長室を後にする。
廊下に出ても、頭の中はぐちゃぐちゃだった。仕事はまだ山積みのはずだ。やるべきことはいくらでもある。
それなのに気づけば、足は勝手に進路を変えていた。向かう先は、一つしかない。医療室の方角へと。
◇
「……おい、爺さん。元気か」
医療室に足を踏み入れた瞬間、薬草の匂いが鼻を突く。白衣姿の老医師が、面倒くさそうにこちらを振り返った。
「おお、久しぶりじゃな」
しわだらけの顔に、にやりとした笑み。
「わしよりは、お前のほうが顔色が悪いぞ。どうした?」
「いや……フローリアは、今日は来たか?」
言葉を濁しつつ、視線だけで室内を探す。
今は、彼女が手伝っている時間帯のはずだ。
「ああ。来とるぞ」
ほっとしかけた、その直後。
「あそこで、口説かれておる」
なんだと?
一瞬、耳を疑った。
「口説かれている?」
言葉を反芻する間もなく、血が頭に上る。
っ……なぜ止めない。
老医師を見ると、案の定、面白がるように目を細めている。
視線の先を追い、爺さんが顎で示した方角へ急ぐ。足が、勝手に速くなる。
そこにいたのは、ロナン。
やはり、貴様か!!
「ねえ、ねえ、フローリアちゃん。今度の休みってどうしてる? もしよかったら、俺と――」
「……おい、ロナン」
自分でも驚くほど、低い声が出た。空気が、ぴたりと止まる。
ロナンが、ぎぎぎ、と音でも立てそうなほど不自然な動きで振り返った。
「ふ、副団長!? ど、どうしてここに……? あ、俺は腹が痛くて、それで医療室に――」
「その様子で?」
一瞥する。
「もう治っただろう。早く戻れ」
フローリアの目の前から、今すぐ消えろ。
「あ、あの、まだフローリアちゃんと話の途中で……」
「は?」
反射的に、眉間に力が入った。
「お前は、何を調子に乗っている。フローリアは、お前からの差し入れなど受け取らんし、隣も歩かん」
完全に本音が漏れている気もしたが、今はどうでもいい。
「え? さ、差し入れ? 隣? な、何の話ですか、それ……」
「黙れ」
次の瞬間、俺は迷いなくロナンの首根っこを掴んでいた。
「ちょっ、副団長!? あ、あの、首! 首が……!」
「ほら、行くぞ」
「わ、分かりました! 行きます! 行きますからぁ!!」
ロナンは医療室の外へと消えていく。首をさすりながら恨めしそうにこちらを振り返りながら。
……油断も隙もない。
心底そう思いながら、ようやく俺は、背後から向けられている視線の存在を思い出した。
「……大丈夫か、フローリア?」
我ながら、少し硬い声だった。
「はい、大丈夫ですよ? 最近、お休みの日に誘われることが多くて。一人でいることが多いからでしょうか、皆さん気を遣ってくださっているのですよね」
困ったように、でも嬉しそうに続けた。
「申し訳ないのでお断りしていますが……お気持ちは、とてもありがたいです」
断っている。でも、お気持ちはありがたいのか……。
「俺が誘っても、断るか?」
言葉が、思ったよりも真剣な音を帯びた。
頼む。断らないでくれ。
「え? い、いえ……気を遣わなくていいのですよ?」
「気を遣っていない。俺が……フローリアと出かけたいんだ」
一拍置いて、慌てて付け足す。
「あ、いや、その……実は、行ってみたいカフェがあってな。男一人だと入りにくいというか……」
言い訳じみた言葉を、必死に並べる。
「フローリアは、甘いものが好きだろう?」
彼女の表情が、ぱっと明るくなる。
「そういうことでしたら、ぜひ! ふふ、楽しみです。お休みが合う日を、あとで確認しましょうね」
「ああ!」
思わず、即答していた。ほのかに頬を染めたフローリアを見た瞬間、胸が大きく跳ねる。
艶のある髪。透き通るような肌。
今まで見えていなかったものが、急に鮮明になる。目を凝らすほどに、その美しさに心を奪われる。
……サラの言った通りだ。
今まで気づかなかっただけで、フローリアの顔立ちは驚くほど整っている。
行ってみたいカフェなど、本当はない。
だが、彼女と一緒に過ごす時間を作れるなら、理由など何でもよかった。
まだサラは団長室にいるだろうか。人気の店を聞いておかないと。
もう、誤魔化す必要もない。意識してしまえば、疑いようがなかった。認めよう。誰にも、渡したくないのだと。
これは、恋なのだ。