最低シンデレラ〜元カレ公爵様の唯一らしい〜
やがて、馬車がとある一軒のレストランの前で停まる。店名を書いた金字レトリックのプレートには〈二匹の野兎亭〉とあった。漆喰塗りとスレート葺き屋根の品のいい建物は、どこからどう見ても高級料理店だ。入り口脇の黒板立てには本日のコースメニューが達筆な筆記体で記されている。値段こそ書かれていないが、おそらくはエミリーの一ヶ月分の食費が吹っ飛ぶだろうと想像に難くない。
馬車を怖々降りた瞬間、自分のみすぼらしい身なりを思い出してしまった。古ぼけた軍の払い下げコート。ボタンが一つ安全ピンにすり替わっている、それ。コートを脱いだところで、幼年学校時代から着倒してくたびれたブラウスと尻の部分が擦り減ったウールスカート。革靴のヒールはほとんどない。
扉の前に立っていた給仕が物問いたげな視線を刺してきたが、エミリー自身の努力でどうにかなることでもなかった。裏口から出入りする側の人間と言われた方がまだ納得できるというのはエミリーも同感だった。
しかし、給仕はエミリーの隣に立つ身なりのいい男を目に留めるなり、慌てたように表情を変える。
「予約のアーベントロート」
「アーベントロート公爵様、お待ちしておりました」
その会話だけで奥の個室へ通されるのだから、金と権威の魔法というのは、凄いものだ。
カイのフロックコートを脱いだシルクベストの広い背中を追いかけて着席する。店内もそうだが、個室も案の定、雲上人は下界のことなど知らないと言わんばかりのシャングリラだった。天井からクリスタルガラスのシャンデリアが吊られ、小さなオペラでも開催できそうなほどの広さだ。壁には油彩の天使画。リネンのテーブルクロスの白が目に眩しい。
一点の曇りもなく磨き上げられた銀のカトラリーがシャンデリアの煌びやかな光を鏡のように淡々と跳ね返しているのを見て、今までどこかのタイミングを見計らって逃げてしまおうと思っていた自分をようやく諦めた。
マホガニーチェアの錦張りの背もたれもおまけのようにふかふかだが、背を預ける気にはなれず、軍人らしく背筋を伸ばして座った。
馬車を怖々降りた瞬間、自分のみすぼらしい身なりを思い出してしまった。古ぼけた軍の払い下げコート。ボタンが一つ安全ピンにすり替わっている、それ。コートを脱いだところで、幼年学校時代から着倒してくたびれたブラウスと尻の部分が擦り減ったウールスカート。革靴のヒールはほとんどない。
扉の前に立っていた給仕が物問いたげな視線を刺してきたが、エミリー自身の努力でどうにかなることでもなかった。裏口から出入りする側の人間と言われた方がまだ納得できるというのはエミリーも同感だった。
しかし、給仕はエミリーの隣に立つ身なりのいい男を目に留めるなり、慌てたように表情を変える。
「予約のアーベントロート」
「アーベントロート公爵様、お待ちしておりました」
その会話だけで奥の個室へ通されるのだから、金と権威の魔法というのは、凄いものだ。
カイのフロックコートを脱いだシルクベストの広い背中を追いかけて着席する。店内もそうだが、個室も案の定、雲上人は下界のことなど知らないと言わんばかりのシャングリラだった。天井からクリスタルガラスのシャンデリアが吊られ、小さなオペラでも開催できそうなほどの広さだ。壁には油彩の天使画。リネンのテーブルクロスの白が目に眩しい。
一点の曇りもなく磨き上げられた銀のカトラリーがシャンデリアの煌びやかな光を鏡のように淡々と跳ね返しているのを見て、今までどこかのタイミングを見計らって逃げてしまおうと思っていた自分をようやく諦めた。
マホガニーチェアの錦張りの背もたれもおまけのようにふかふかだが、背を預ける気にはなれず、軍人らしく背筋を伸ばして座った。