最低シンデレラ〜元カレ公爵様の唯一らしい〜
 エミリーは口をぽかんと開けたままその場に固まる。そこは、もう一つ応接間があると言われた方が納得のいくほど浩々とした一室だったからだ。まず、天井を見上げた。シャンデリアこそなかったものの、青と白のモザイクタイルでアラベスク模様が精緻に描き出されている。

「少し異国情緒のある部屋にしてみた。どうかな?」

「どうかな、と言われましても……」

 そう呟いたきり、エミリーはまた口をつぐんでしまった。エミリーが今まで天井と呼んでいたものは雨漏りの染みが広がる煤けた板のことだ。それと比べることは純然たる冒涜だった。

 客間と呼ぶにはあまりに広すぎる部屋は、寝室、書斎、化粧室、浴室が一続きとなっていて、高級ホテルのスイートもかくや、だ。

 中でも白眉なのは、天蓋付き寝台。もう、エミリーの足りない語彙では豪奢としか表現しようがない。天蓋の布地は黒絹で、四隅を束ねるタッセルには大粒の真珠まであしらわれている始末。エミリーがこの半年間寝起きしていたスプリングの萎びた薄っぺらいマットレスでは、もはや同じ「寝台」という名詞を共有していたことに誠心誠意の謝罪をしなければならないほどの代物だろう。

「過剰では?」

「客人をもてなすのに過剰という言葉は無粋だ」

「そこまでもてなされる所以(ゆえん)はございませんが」

「俺にはある」

「……勝手にしてくださいっ」

 レストランでの食事の後に提案されたのは、彼の屋敷でしばらく食客として預かられることだった。もちろん断った。再三、断った。

「下町のアパートには帰さない。今日からは、我が屋敷で暮らしなさい」

「嫌です」

「俺が引き下がれば君は逃げる腹積もりだろう? そうはさせん」

「うっ……」

 誠に遺憾ながら、図星だった。

「それでも、嫌なものは嫌なんですっ」

「俺は君に逃げられるのが嫌だっ、絶対に嫌だっ」

「あんたは子供かっ」
< 23 / 33 >

この作品をシェア

pagetop