最低シンデレラ〜元カレ公爵様の唯一らしい〜
 俗にドッグタグとも言われる。二枚一組になっていて、二枚ともが正規の携行品で、一枚は「遺体」が持ち、もう一枚は回収される。つまり、「本人戦死時」のためにある。遺体を識別するためにある。場合によっては、身元がわからない遺体を確認するために、ある。

「三年前、准将に昇進なさったあなたが預けてきたものでしょう。『万一、持って帰ってくれ』と。だから、持っていただけです。別に、回収される機会がなかったからです」

「……うん」

「あなたが……」

 図々しくも生き延びているから。

 そうは言えなかった。

「過去の遺物ですよ、たぶん」

 代わりに、そう言った。たぶん、は余計な一言だった。言ってから後悔する。

「……そうだな」

 ふと、頬に柔らかいものが触れる。それが彼の唇だと気づいたとき、身を固くした。フクロウがもう一度、鳴いた。それからどれだけ黙っていただろうか。その頃には、彼の腕の中にいた。

「勃った」

「……は?」

 雰囲気が木っ端微塵に吹き飛んだ。

「ヤりたい。ヤろう。いや、ヤらせてください。女神よ、我が昂りをどうか鎮めたまえ……」

 こいつは、本当に、本当に。

 どちらからともなく、再び顔を近づけた。今度は頬ではなく、唇に。深いキスだ。ワインの味がする。

 下腹部あたりに、ごりりと硬いものが押し当てられる。まるで、ここまで届くと言わんばかりに。事実、そうだ。この男は背丈も体格もエミリーの一回り半は大きいから、密着すればその存在感は嫌でもわかる。

 唇が、離された。

「やっぱり、やめておこう」

「え?」

「今抱いたら、華奢な君の骨を折ってしまう。やれやれ、欲を我慢するにも骨が折れるな、ガルデニエ少佐?」

──最低。

「だから、すまない──」

 彼はまったく申し訳なさそうに言う。

「手で、頼む。命令ではなく、俺の依願である。本件において、口と胸の使用は君の任意とする。どうだろうか、少佐殿?」

──最低!

 軍の書式めいた下半身の依願申請。この男の語彙は一体どこで育まれたのかと品性を疑いたくなる。士官学校か。公爵家の教育か。どちらにしても、ろくなものではない。

 エミリーはワイングラスの残りを一息にあおって、空にしたグラスをテーブルに置いた。アルコール混じりの溜め息をつく。

「依願は受理されました。ただし、本件は緊急性を鑑みた例外的措置であり、慣例化を認めるものではありません。……よろしいですね、公爵閣下?」

 深く感謝する、少佐殿……と情けない返答があった。
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