最低シンデレラ〜元カレ公爵様の唯一らしい〜
 エミリーは二番煎じの紅茶色の湯が入ったマグカップに口をつけた。不味かった。中途半端に紅茶の香りがあるせいで、元の湯の水臭さが強調されている。まるで、二十一の非処女で結婚もまるで望めない自分みたいだった。

 はあ、と溜め息をついて、軍学校時代からお世話の、古ぼけて塗装がところどころ剥げたマグカップをテーブルの上に戻す。

 軍人という天職をやめてしまった以上、新しい職探しをしなければならない。どれだけ生活費を切り詰めたとしても、年金はあと半年ほどで底を尽きてしまうだろう。余裕があるようで、実のところはなかった。

 娼婦になるか。

 軍属の娼婦は哀れだった。戦いが終わると男はある種の興奮を覚えるようで、娼婦を抱いた。抱いた、と言えば聞こえはいいが、実際の扱いは人間にするものではなかった。殴るとか、蹴るとか、強い酒を飲ますとか。そういう扱いをしていた。

 娼婦になりたいかと問われれば、否と答えたいところだった。

 だが、現実はそうも言っていられない。戦う以外のことを知らない。縁談などという別世界の御伽話も知らない。でも、男は知っている。

 知っていることと知らないことの差がありすぎる現状、娼婦という奈落の淵に足をかけていると理解できないわけもない。

 これ以上、使い捨てられるのが嫌だった。孤児として捨てられた。軍人として使い捨てられた。彼の道具として使い捨てられた。これからさらに使い捨てられて、何も残らない。残るとすれば、死病に蝕まれた身体だけだろう。そうやって最後には、無縁墓地に埋められるだけだ。

 ふと、彼の笑顔が脳裏に浮かんだ。彼は紅茶が好きで、ウィスキーを入れて飲むのがさらに好きだった。エミリーはよく彼にウィスキー入り紅茶を作ってやった。たまに、「紅茶入りウィスキー」になる日もあった。そういうときは、だいたい、戦友を埋めた日の夜だった。

 やはり彼に頼るべきで……いや、やめておけ。捨てた最低な過去はそのまま放っておくべきだ。

──だから。

「エミリー、君以外に勃たなくなった! 責任を取ってくれ!」

 捨てた最低な過去の方がエミリーを放っておかない場合、一体どうしたものか。
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