こもれび日和
「お父さん、新聞社でおしごとしてるでしょ?
そのおしごとの都合でね、新しいところにいくんだって。
4月からは、ミドリカワ町の保育園に通うの」
ユイは、できるだけ落ち着いた声で話そうとしている。
でも、その手はしっかり袋を握り締め、
目はどこか潤んでいた。
歩の頭の中で、
何かがガラガラと音を立てて崩れていく。
ミドリカワ町。
引っ越し。
4月から、いない。
「……え。
だって、ユイちゃん、コモレビほいくえんで、
ずっと、いっしょに——」
声が、途中で詰まった。
胸の真ん中が、ぎゅうっと痛くなる。
耳の奥がキーンとして、
園庭のざわざわした声も、風の音も、
急に遠くなってしまったような気がした。
ユイは、小さく笑った。
「わたしも……ほんとは、ここにいたいよ。
でも、お父さんとお母さんと、一緒に行くの」
「……やだ」
気づくと、歩の口から言葉がこぼれていた。
「やだよ。
ユイちゃん、ここにいてよ。
いっしょに、またハロウィンやったり、
おゆうぎ会したり……」
言いながら、自分でもわかっていた。
そんなの、子どもが言ったってどうにもならないって。
でも、止められなかった。
ユイはぎゅっと唇を噛みしめてから、
首を横に振った。
「ごめんね、歩くん。
……でもね、歩くんがおかえしをくれて、すごくうれしかった。
だから言おうって思ったの。ちゃんと、歩くんに」
歩は、ユイの顔を見ることができなかった。
見たら、涙がこぼれそうだった。
ユイはそっと、
歩の手を両手で包んだ。
「ありがとうね、歩くん。
わたし、ミドリカワ町に行っても、歩くんのこと忘れないよ」
その言葉が、
やさしいのか、さみしいのか、
歩にはもう分からなかった。
ただ、ぎゅっと握られた手の温かさだけが、
強く、心に残った。
その少し離れたところで、
直が不安そうにふたりの様子を見つめていた。
——コモレビ村の3月の空は、
少しずつ春の色を混ぜ始めていた。
けれど、その日だけは、
歩の胸の中に、
まだ冷たい冬の風が吹いているようだった。
ユイがミドリカワ町に引っ越すことが決まってから、
歩の胸の中には、ずっと小さな石みたいなものがつかえていた。
会えば笑って話せる。
でも、心のどこかで「もうすぐ会えなくなるんだ」と思ってしまう。
そのおしごとの都合でね、新しいところにいくんだって。
4月からは、ミドリカワ町の保育園に通うの」
ユイは、できるだけ落ち着いた声で話そうとしている。
でも、その手はしっかり袋を握り締め、
目はどこか潤んでいた。
歩の頭の中で、
何かがガラガラと音を立てて崩れていく。
ミドリカワ町。
引っ越し。
4月から、いない。
「……え。
だって、ユイちゃん、コモレビほいくえんで、
ずっと、いっしょに——」
声が、途中で詰まった。
胸の真ん中が、ぎゅうっと痛くなる。
耳の奥がキーンとして、
園庭のざわざわした声も、風の音も、
急に遠くなってしまったような気がした。
ユイは、小さく笑った。
「わたしも……ほんとは、ここにいたいよ。
でも、お父さんとお母さんと、一緒に行くの」
「……やだ」
気づくと、歩の口から言葉がこぼれていた。
「やだよ。
ユイちゃん、ここにいてよ。
いっしょに、またハロウィンやったり、
おゆうぎ会したり……」
言いながら、自分でもわかっていた。
そんなの、子どもが言ったってどうにもならないって。
でも、止められなかった。
ユイはぎゅっと唇を噛みしめてから、
首を横に振った。
「ごめんね、歩くん。
……でもね、歩くんがおかえしをくれて、すごくうれしかった。
だから言おうって思ったの。ちゃんと、歩くんに」
歩は、ユイの顔を見ることができなかった。
見たら、涙がこぼれそうだった。
ユイはそっと、
歩の手を両手で包んだ。
「ありがとうね、歩くん。
わたし、ミドリカワ町に行っても、歩くんのこと忘れないよ」
その言葉が、
やさしいのか、さみしいのか、
歩にはもう分からなかった。
ただ、ぎゅっと握られた手の温かさだけが、
強く、心に残った。
その少し離れたところで、
直が不安そうにふたりの様子を見つめていた。
——コモレビ村の3月の空は、
少しずつ春の色を混ぜ始めていた。
けれど、その日だけは、
歩の胸の中に、
まだ冷たい冬の風が吹いているようだった。
ユイがミドリカワ町に引っ越すことが決まってから、
歩の胸の中には、ずっと小さな石みたいなものがつかえていた。
会えば笑って話せる。
でも、心のどこかで「もうすぐ会えなくなるんだ」と思ってしまう。