篠田くんと御坂くん
「浅田さん」
またこいつか。
私は一旦本を置いて(なぜなら読みながらだと失礼だからだ)、振り返ってその相手の顔を眺める。
篠田翔。
茶色い髪に、茶色い目。
丸顔には恵まれて綺麗なアーモンドアイ。
女の子達に「かわいい!」とキャーキャー騒がれる筆頭の篠田くんは、華奢なショタボディを、机の上に腰掛けて。
いつも私を呼ぶ甘ったれた様なソフトな良い声は、篠田くん特有のものだ。
「なに」
「浅田さんって絶望した事ある?」
放課後。
整った顔の小首を傾げて。
突然、絶望のぜの字も知らなそうなノーテンキな顔で。
(鑑みるに、篠田くんは頭カラッポタイプだ。)
「なんで?」
「別に。ゼツボー、した事あるかなって。」
頭の中にはクエスチョンマークが乱立していたが、私は真面目に答えた。
「ない」
「ふーん、良いね」
いつも話しかけては天然コメントを残して去っていく、この謎の人物に絡まれ出してから、もう約3年になる。
中学1年の時から、学校でこういう風に何かというと私に付きまとってくる。
本当になんなんだ一体。
「俺、ゼツボー今してるんだよね」
「ふーん」
「なんでって聞いてよ」
口を尖らせて咎めるような声で。
不貞た様な表情に一瞬目を奪われた。
「なんで」
「一番前の席になっちゃった」
「ああ」
今日席替えがあって、篠田くんは黒板の真ん前の席になった。
そして私は廊下側の一番後ろの席になったので、本が読めると内心ほくほくしていたのだ。
「それで?」
「悲しい。一言浅田さんに言わなきゃ気が済まない。」
「ふーん」
私が言うと、篠田くんは表情を変えずにうん、と頷いた。
そして、
「これからどうしよ。浅田さんさ」
「なに」
「今日帰って何すんの」
「別に。勉強とか」
「ふーん」
篠田くんは目を瞬いてから、少しの間黙っていた。
そして、その気なさそうにまた首を傾げてぽつりと言った。
「もし篠田さんが俺だったら言ってあげる」
「どういう意味?」
篠田くんはそれには答えなかった。
代わりに
「もし篠田さんが俺だったら言ってあげるのにね。」
とやけに強調して楽しそうににやにやしながら繰り返した。
居心地が悪くなった私は本を持ち直しながら。
「何でも良いけど。」
「つまんない。篠田さん俺じゃないから。」
そう言ってから篠田くんは、鞄を背負い直すと、
「じゃ」
と言った。
「またね。」
に、と笑った篠田くんの残像が頭に残りそうになるのを振り払う。
中学に入ってから、恋愛の話がちらほら出る様になって、意識してしまう私は居た堪れない。
篠田くんが行ってしまった後、私も本を鞄に入れて、ようやく帰り支度を始めた。