この度、元副総長さまが会社の先輩になりまして。
千景さんの手が、ぽんと肩に触れた。心臓が跳ねる。
反射的に声が出てしまって、自分でもびっくりした。千景さんも私のリアクションが想定外だったのか、それとも自分でも無意識の行動だったのか、困惑の色を浮かべている。
私の肩から離れた千景さんの手は、手持ち無沙汰みたいに空中でふわふわと彷徨っていた。少しの沈黙と、なんとなく、気まずい空気が走る。
「ごめん……、まじで軽率だった」
「い、いえ、私のほうこそすみません、なんか」
「こんなの誰にでもするわけじゃねーんだけど――ダメだな、テンション上がってんのかも。だっさ」
なにかを掻き消すみたいに、千景さんはビールジョッキをぐんっと呷る。ほぼなみなみに入っていたビールを一気に飲み干すと、
「俺ばっか南を独り占めしてんのもあれだから、――じゃあまた、会社で」
そう言って、千景さんは席を立って、わいわいと親睦を深める他の社員たちのほうに移動して行った。
そんな千景さんの後ろ姿を目で追っていると、「ちょっとちょっとちょっと七海!」と、千景さんと入れ替わるみたいに私の隣に戻ってきたいろはに、さっき千景さんに触れられたばかりの肩を、ぐらぐらと揺さぶられる。
「なんなのなんなの、あのビジュ強すぎな先輩っ、知り合いなんて羨ましい限りなん――、ちょっと七海? 大丈夫?」
「へ」
「顔、赤いよ」
顔、赤いよ。
ここまで平静を装っていたつもりだったけれど、私は千景さんに再会して、たぶんめちゃくちゃ高揚していたのだと思う。こんなの地元の友達にしか伝わんないことだけど、だって須臣千景だよ?
飲み過ぎじゃ〜ん? といろはがお冷を差し出してくれる。その水のゆらめきをぼんやり見つめていると、――「あれっ、須臣、珍しくなんか顔赤くない!?」「さてはめっちゃハイペースで飲んでんな!?」と、千景さんをイジる声が向こうから聞こえてきた。
あの須臣千景をイジるなんて先輩、殴られますよ!? って思ってしまう感覚を、早めに正していかないといけない。あのころの千景さんとは違うのだから。
ふう、と息を吐いて、落ち着かせるみたいにお冷を口に含んだ。つめたい。私自身が熱を帯びているからか、より一層つめたく感じる。
「こんなの誰にでもするわけじゃねーんだけど――ダメだな、テンション上がってんのかも」
春からの新しい門出、少なくとも私を待っているのは、地獄ではなさそうです。