ヴァンパイアハーフにまもられて
 感極まったように、月詠さんが喉を鳴らした。
 その時、私には、……確かに、見えちゃった。
 それまでも半透明だったステラちゃんが、足の先から、どんどん色を失って薄くなっていくのが。
 
「お兄ちゃん、私、もうすぐみたいだね」
「ああ……そうだな」

 月詠さんが、私のほうを向いて、
「凛。日野さん。済まないんだが……」

「は、はいっ。私たち、出てますね。……見てないほうが、いいですよね」
「ありがとう。ごめんな。ステラは、君や日野さんに、自分が消えるところなんて見ていて欲しくないと思うから」

 まゆにはステラちゃんが見えてはいないみたいだけど、そういう問題でもないんだろう。

 二人で部屋を出る時、一度だけ振り向いた。
 きょうだいが、二人で微笑みながら、私たちにゆっくりと手を振ってた。
 私も、小さく手を振り返す。まゆも、私を見て、そうした。
 足元を、私より一足先に、大鴉がとことこと歩いて行った。

 二人と一羽で、暗い通路を通って、さっき降りてきた階段を上がる。
 家の中にいるのがなんとなくいたたまれなくて、玄関から外に出た。

「凛。……さっきの、ステラちゃんて、もうすぐ消えちゃうんだね?」
「そうみたい。もうすぐっていうのが、何分後とかなのか、今夜中なのかとかまでは、分からないけど……」

 ドアの外側にもたれかかりながら、私がそう言うと、いきなり、
「ええ。あの様子だと、もってあと五分かそこらでしょうね」
って、知らない声が答えてきた。

「きゃあっ!?」
「えっ? り、凛、誰その人!?」

 私たちのすぐ横に、暗い色の服を着た男の人が立っていた。
 月詠さんも黒い服を着ていてけど、この人のは、少し青みがかってるみたい。夜の中でも、それが見て取れた。それに、肌の色も浅黒いみたいだ。日本人じゃないみたい。
 髪は月詠さんと同じような黒髪だったけど、この人のほうが少し短い。
 目つきは、少し目が大きいためにあまりきつい印象はないけど、そのまなざしの強さに、思わず足が震えた。まるで動物が獲物を見るみたいに、まっすぐにこっちを見てる。
 ……それよりなにより、瞳の色が金色だった。まるで、月が二つ、そこにはまってるみたいだ。

 私は、まゆの前に立って、
「だ、誰ですか!?」
 と叫ぶ。
 ……というか、この人、人間? もしかして、月詠さんやステラちゃんと同じ、人間以外の……

「凛殿も、日野まゆ殿も、なにを身構えているのです。月詠様がこんな時に、この僕が、人間ごときに悪さするわけがないでしょう。そうする気なら、とうにやっていますよ」

 私たちのことを知ってる!?
 ……え。
 この体の色や服の色。私たちのことを知ってるふうで、それに、月詠様って……

「あ、あのう」私はおずおずと、教室で発表する時みたいに手を挙げた。「大鴉、さん? ですか、もしかして?」

 まゆが、「えっ!? あのカラスさん!?」と顔を前に突き出した。

 すると彼は、右手の人差し指で、こめかみのあたりをかりかりとかきながら、
「ああ。そういえば、この姿は初めてでしたか。カラスの姿だと、飛ばないで移動するのは疲れるので」

 よく見ると、その見た目は、私たちと同級生くらいに見えた。以外に顔立ちが幼い。
 身長も、私と同じくらいだ。

「大鴉さんて、人間になれるんですか?」
「夜でしたら。昼間の間も、なれないことはないのですが、体力の消耗を考えて必要な時以外は控えています」

 ……大鴉さんは、そんなに声が低くないうえに、顔もちょっとかわいい系なので、敬語で話されると学校の後輩みたいに見えちゃうな……。

「それはそうと。僕からも礼を申し上げます。凛殿に、日野まゆ殿。今日はステラのために、かたじけない」

 ……かたじけないって、「すみません」だっけ。なんて思ったら、まゆが小声で、
「かたじけないは、『ありがとう』だよ」と教えてくれた。
 うう、なんで、分かんないって分かったんだ。

「月詠様とステラは、実のきょうだいのように仲がよくおいででした。最後に、妹の喜ぶことをしてあげることができて、月詠様もお喜びでしょう」
「……そうだったら、私もうれしいです」

「あてもなく夜の町を浮遊していたレイスを保護してやるなど、月詠様も物好きなことだと思ったものでしたが。一人この日本に残されたご自分と、ステラの境遇を重ねられたのかもしれません」
「え、月詠さんて、外国から来たんですか?」

「特に隠しているわけではないでしょうから、教えても構わないでしょう。ドイツの、デュッセルドルフという街が月詠様の故郷です。ラスベリー畑の夜露の輝きの中、月の光のミルクをまとってお生まれになられた……らしいです。僕もまた聞きですが。ヴァンパイア・ハーフながら、当時は吸血鬼の名家の長男として――」

 その時。
 玄関のドアが開いた。

「月詠さん!」
「月詠様……おいでになられたということは、ステラは、もう……」

 私とまゆは、ふっとうつむく。
 お別れが、済んじゃったんだな……と思ったから。
 でも。

「いや」
「いや、とは?」

 大鴉さんが首をかしげる。

「なにやら、思わぬことになった」
「思わぬこと、とは?」と、逆側に首を傾ける大鴉さん。

「これだ」

 月詠さんが、右手を差し出した。
 軽く握った手の中に、なにか、白いものが見える。うずらの卵より少し大きいくらいの、白くて丸い塊。

「ステラが、体の色を失って、消滅した後の空間に、これが浮いていた。ぷかぷかと、ふわふわと」
「失礼、拝見いたします。……これは……ステラの霊気をかすかに感じますね……」

 私も月詠さんの手の中を覗き込んで、
「え!? じゃあこれ、ステラちゃん!?」
 と叫んじゃった。

 月詠さんが首を横に振って、
「いや。おそらくは、もうステラではないだろう。霊気の残滓みたいな、そういうものだと思う」
「ざんし?」と口にする私に、まゆが「残ったものってことだね」と教えてくれる。
 ……まゆって、小説書いてる私より、言葉よく知ってるっぽいな……。

「正直、おれもこんなものを見たのは初めてだ。どうしたものかな。このままやがて、ステラと同じように薄れて消えるのか、手を加えなければ残り続けるのか、それすらも分からんな」

 そこで、月詠さんは私たちを見回した。

「ま、これのことはおいおいおれのほうで考えるよ。これ以上遅くならないうちに、凛と日野さんは、おれと大鴉で送っていこう。……ん?」

 そう言った月詠さんの手から、白い玉がゆっくりと浮き上がった。
 そして、そろそろと、私のほうに向かって宙を泳いでくる。

「えっ!? な、なに!? なんですか!?」

 これはまゆにも見えるみたいで、つかまえようと手を伸ばしてくれたけど、白い玉はその手のひらをひょいと避けて、さらに私に向かってくる。

「ひ、ひええ!?」

 そして、私の鼻先十センチくらいのところで、ぴたりと止まった。

「これは……」と月詠さん。「凛を親だと思っている、雛みたいなもんかな」
「ええっ!? な、なんでですか!?」

「なぜと言われると分らんが。ほら、」と言って月詠さんは、白い玉をつまんで私から一メートルくらい引き離してくれたけど、「手を離すとまた君に寄っていく」

 まゆがそれを目で追いながら、言った。
「ステラちゃんの記憶とかを引き継いで、凛になついてるんんでしょうか……」
「そうかもな……そうじゃないのかもしれないが。とりあえず実害はなさそうだ。凛、すまないが、今日のところはこいつを持って帰ってくれないか」

「えっ。い、いえ、いいですけど……」と戸惑いながらも、私なんて単純なもので、これがステラちゃんの残したものだと思うと、ばっちりと愛着が湧いちゃうのだった。

「よし。じゃ、凛、日野さん、今日はありがとう。帰ろう。駅まで送るよ」

 そう言った月詠さんに並んで、私たちは歩き出す。
 大鴉さんは、人間の姿のままだった。

「凛」
「はい、月詠さん?」

「君は、ステラだけじゃなく、その他多くの人外が見えるようになってしまった。その体質は、一度定着したら、基本的にはもうなくなることはない」
「……そう、なんですね……」

「そして今日言ったとおり、君はこれから、人外に狙われることが珍しくなくなるだろう。でも大丈夫だ、おれが守る。大鴉もな」
「僕は、本意というわけではありませんが。月詠様がそうおっしゃるのなら」

「こら」
「僕は、群れからはぐれさせられたところを拾っていただいた恩を、一生かけて月詠様にお返しするだけです。たとえ、人間の小娘を守れというご命令だったとしてもね」

 そ、そう言われると、なんだか申し訳ないんですけど。
 すると、月詠さんが私に耳打ちした。

「ああは言ってるけどな。あいつだって、ステラとは仲が良かったんだ。ちゃんと、君に恩を感じているよ」
「は、はい」

 一瞬、低くて心地いい声が耳のすぐそばから聞こえて、すごく恥ずかしくなってしまったけど。
 私は、大鴉さんに、ぺこりと頭を下げた。
 分かった分かったというふうに、大鴉さんは手のひらを縦にひらひらと振る。

「ところで、凛に日野さん。人間に、ヘレン・ケラーって有名人がいるよな」

 え? と私とまゆは顔を見合わせた。
 突然、なんの話だろう?

「はい。目と、耳と、口が不自由だったけど、すごく偉大な人だっていう……」私も、伝記くらいは読んだことがある。

「そのヘレン・ケラーの恩師で、サリバン先生って人がいるだろう?」
「あ、はい。ヘレン・ケラーに、水と、水の入ったコップとの違いを教えたりとか……でしたっけ」

 うう、あんまり細かいところになると自信がないっ。

「そのサリバン先生と出会った日を、ヘレン・ケラーは、『魂の誕生日』と呼んでいたらしい」

 魂の……誕生日。

「わあ……。なんだか、すごいですね。本当に信頼している感じがします」
「本当だよな。で、だ。ステラもどうやら、ヘレン・ケラーについての本を読んでいたみたいでな」

「ステラちゃん、……本当に、読書家なんですね」
「ああ。それで、さっき、この繭に変わる寸前に言ってた。『今日が私の魂の誕生日』だってさ。それくらい特別なことだったんだな。心惹かれる物語を書いた、その本人に会えたっていうのは。あいつにとって」

 私は、思わず、肩先でふわふわと浮いている白い繭に目をやった。
 そんな。
 私だって、私こそ、ステラちゃんみたいな子に、途中までとはいえ、自分の書いたお話を読んでもらえて、うれしかったのに。
 目の奥が熱くなって、鼻がつんと痛くなる。
 両手の中に、そっと繭をおさめた。ほんのり、温かい気がする。

「……今日は、暖かい日だな」と、月詠さんがぽつりと言った。
「えっ? そうですね、確かに、まだまだ昼間は暑いですから、この時間でも……?」
「だよな。そんな日に、夜まで引っ張り回して悪かった。そして、まあ、とにかくだ」

 月詠さんが、私の前に立った。
慌てて足を止めると、つい、夜の中にほの白く浮かんだ、きれいな顔に視線が吸い込まれちゃう。

「は、はい? なんでしょうっ?」
「改めて。明日から、君のことを、守らせてもらう。君は、かけがえのない恩人だ。よろしくな」


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