シンママの隣に越して来たエリート経営者は元カレです
第十八話
昼休憩の時間。デスクの上にお弁当を広げていると、横に置いていたスマホが小さく震える。手を伸ばして確認すると、恭平から画像付きのメッセージが届いていた。
『ようやく寝てくれた』
短い文章と共に送られてきたのは、恭平の部屋のベッドで眠っている息子の画像。転落防止のためか、丸めた毛布がベッド端に置かれているのが見えた。大人サイズの寝具で眠る三歳児はとても小さく感じる。朝起きた時に貼り換えた熱冷まし用のシートはすでに外されてしまったみたいだった。
朝一の機嫌は良かったけれど、まだ熱が下がり切っていないから体力がない上に、小児科で処方してもらった薬には眠くなる成分が入っているらしい。スヤスヤと眠っている綾斗の顔色は昨日より随分と良くなっていてホッとする。
今晩また大きく発熱しなければ、おそらく明日か明後日には通園できそうだ。
その後も退勤するまでの間に何度か届いたメッセージは全て画像が添付されていた。体調の悪い綾斗が今どうして過ごしているか、私がふと気になったタイミングで送られてくるそれのおかげで、安心して仕事をこなすことができた。子供の相手で文字入力がままならないのか、その半分は画像だけだったけれど。
寄り道もせず真っ直ぐにアパートに帰ってくると、私はそのまま恭平の部屋の玄関ドアに手を伸ばす。少し前に『また寝てしまったから、チャイムは鳴らさないで。鍵は開けておくから』というメッセージを受け取っていたからだ。
ゆっくりとドアノブを回し、極力音を立てないよう開いた玄関。私は台所の床にバッグを置いてから、そっと忍び足で部屋の奥へと進んでいく。彼の部屋の中まで入るのはこれが初めてだ。
いつもは開けっ放しにされている襖に手を添えて静かに横に滑らせると、床一面に広がったコピー用紙と玩具が目に飛び込んでくる。
「わっ⁉」
思わず短い叫び声を上げかけて、慌てて自分の口元を抑える。転がっている玩具は着替えと一緒に息子の荷物として預けた物だけれど、迷路や塗り絵が印刷されたたくさんの用紙は恭平が子供を遊ばせるためにネットなどで探してプリントしてくれたのだろう。まだ遊んでいる途中の物がテーブルの上にボールペンと一緒に重ねて置かれている。
そして、ベッドを見ると、同じ枕を使って頭を並べながら眠っている二人の姿があった。昼に送信されてきた画像では毛布がベッドガード代わりに置かれていたが、今はそこに恭平が横を向いて寝ころんでいる。
スヤスヤと互いの方を向き合って眠っている二人の寝顔はとてもよく似ていて、やっぱり血の繋がった父子だと気付かされた。長い睫毛と整った鼻筋、どう見ても綾斗は私よりも恭平似だ。
私はベッドの前に座り込み、改めて部屋の中を見回した。引っ越して来たばかりとはいえ、あまり多くはない家具と家電。必要最低限なのは彼には本来住む別の家があるからだ。会社近くのマンションはまだそのままにしているのだろうか。ここに帰って来ない日がたまにあるが、その時はそちらか実家へ戻っているのかもしれない。
彼にとってはここはただの仮住まい。そう考えたら胸がキュッと締め付けられるような虚しさを覚えた。
恭平は今日はオンラインで仕事をすると言っていたけれど、テーブルの上のノートパソコンは綾斗がお絵描きしたコピー用紙で埋もれていた。
仕事どころじゃなかったのは一目瞭然で、慣れない子供の相手を頑張ってくれたのが嫌でもよく分かる。
きっと綾斗を寝かしつけるつもりで添い寝して、疲れからそのまま一緒に眠ってしまったのだろう。
そっと立ち上がってから、恭平の身体越しに腕を伸ばして息子の額に手で触れる。気持ちよさそうに眠っている顔色は良さそうで、手の平から伝わる熱も高くはない。回復の傾向が出てきたことに安堵していると、真下から視線を感じて見る。
「おかえり。知らない内に、釣られて寝てしまってたよ……」
いつの間にか目を覚ました恭平が、照れくさそうにはにかむ。私が身体を退かせると、ベッドの上で半身を起き上げてから腕を前に伸ばしている。肩からはゴキゴキと凝り固まった音が鳴っていた。シングルサイズだと二人で寝るにはかなり狭かったらしい。
「ごめんね、仕事の邪魔になったでしょう? すぐに連れて帰るね」
一刻も早く彼の負担を減らしたくて、まだ眠ったままの息子から掛け布団を捲ろうとすると、その手を恭平が止めてくる。黙って首を横に振る表情は少し寂しそうに見えた。
「無理に起こさなくていいよ。仕事の調整はちゃんとできてるから」
そう言ってからベッドを下りると、恭平は床に下ろしていた毛布を丸めて、綾斗が落ちないようにと自分が今まで横になっていた場所へ転落防止の柵代わりに置き直した。
そして、私の方へ歩み寄ってから腕を伸ばす。四年ぶりに彼の胸に抱き締められた私は、抗うことも忘れてただその腕と身体の体温を洋服越しに感じていた。すぐ横で聞こえる彼の息遣いはあの時と何も変わっていない。優しく、でも力強く抱き寄せられて感じるのは、安心と温もり。
突き放さないといけないと思いつつ、私は腕を回して自分から彼の背にしがみついた。
――せめて、今だけは……
『ようやく寝てくれた』
短い文章と共に送られてきたのは、恭平の部屋のベッドで眠っている息子の画像。転落防止のためか、丸めた毛布がベッド端に置かれているのが見えた。大人サイズの寝具で眠る三歳児はとても小さく感じる。朝起きた時に貼り換えた熱冷まし用のシートはすでに外されてしまったみたいだった。
朝一の機嫌は良かったけれど、まだ熱が下がり切っていないから体力がない上に、小児科で処方してもらった薬には眠くなる成分が入っているらしい。スヤスヤと眠っている綾斗の顔色は昨日より随分と良くなっていてホッとする。
今晩また大きく発熱しなければ、おそらく明日か明後日には通園できそうだ。
その後も退勤するまでの間に何度か届いたメッセージは全て画像が添付されていた。体調の悪い綾斗が今どうして過ごしているか、私がふと気になったタイミングで送られてくるそれのおかげで、安心して仕事をこなすことができた。子供の相手で文字入力がままならないのか、その半分は画像だけだったけれど。
寄り道もせず真っ直ぐにアパートに帰ってくると、私はそのまま恭平の部屋の玄関ドアに手を伸ばす。少し前に『また寝てしまったから、チャイムは鳴らさないで。鍵は開けておくから』というメッセージを受け取っていたからだ。
ゆっくりとドアノブを回し、極力音を立てないよう開いた玄関。私は台所の床にバッグを置いてから、そっと忍び足で部屋の奥へと進んでいく。彼の部屋の中まで入るのはこれが初めてだ。
いつもは開けっ放しにされている襖に手を添えて静かに横に滑らせると、床一面に広がったコピー用紙と玩具が目に飛び込んでくる。
「わっ⁉」
思わず短い叫び声を上げかけて、慌てて自分の口元を抑える。転がっている玩具は着替えと一緒に息子の荷物として預けた物だけれど、迷路や塗り絵が印刷されたたくさんの用紙は恭平が子供を遊ばせるためにネットなどで探してプリントしてくれたのだろう。まだ遊んでいる途中の物がテーブルの上にボールペンと一緒に重ねて置かれている。
そして、ベッドを見ると、同じ枕を使って頭を並べながら眠っている二人の姿があった。昼に送信されてきた画像では毛布がベッドガード代わりに置かれていたが、今はそこに恭平が横を向いて寝ころんでいる。
スヤスヤと互いの方を向き合って眠っている二人の寝顔はとてもよく似ていて、やっぱり血の繋がった父子だと気付かされた。長い睫毛と整った鼻筋、どう見ても綾斗は私よりも恭平似だ。
私はベッドの前に座り込み、改めて部屋の中を見回した。引っ越して来たばかりとはいえ、あまり多くはない家具と家電。必要最低限なのは彼には本来住む別の家があるからだ。会社近くのマンションはまだそのままにしているのだろうか。ここに帰って来ない日がたまにあるが、その時はそちらか実家へ戻っているのかもしれない。
彼にとってはここはただの仮住まい。そう考えたら胸がキュッと締め付けられるような虚しさを覚えた。
恭平は今日はオンラインで仕事をすると言っていたけれど、テーブルの上のノートパソコンは綾斗がお絵描きしたコピー用紙で埋もれていた。
仕事どころじゃなかったのは一目瞭然で、慣れない子供の相手を頑張ってくれたのが嫌でもよく分かる。
きっと綾斗を寝かしつけるつもりで添い寝して、疲れからそのまま一緒に眠ってしまったのだろう。
そっと立ち上がってから、恭平の身体越しに腕を伸ばして息子の額に手で触れる。気持ちよさそうに眠っている顔色は良さそうで、手の平から伝わる熱も高くはない。回復の傾向が出てきたことに安堵していると、真下から視線を感じて見る。
「おかえり。知らない内に、釣られて寝てしまってたよ……」
いつの間にか目を覚ました恭平が、照れくさそうにはにかむ。私が身体を退かせると、ベッドの上で半身を起き上げてから腕を前に伸ばしている。肩からはゴキゴキと凝り固まった音が鳴っていた。シングルサイズだと二人で寝るにはかなり狭かったらしい。
「ごめんね、仕事の邪魔になったでしょう? すぐに連れて帰るね」
一刻も早く彼の負担を減らしたくて、まだ眠ったままの息子から掛け布団を捲ろうとすると、その手を恭平が止めてくる。黙って首を横に振る表情は少し寂しそうに見えた。
「無理に起こさなくていいよ。仕事の調整はちゃんとできてるから」
そう言ってからベッドを下りると、恭平は床に下ろしていた毛布を丸めて、綾斗が落ちないようにと自分が今まで横になっていた場所へ転落防止の柵代わりに置き直した。
そして、私の方へ歩み寄ってから腕を伸ばす。四年ぶりに彼の胸に抱き締められた私は、抗うことも忘れてただその腕と身体の体温を洋服越しに感じていた。すぐ横で聞こえる彼の息遣いはあの時と何も変わっていない。優しく、でも力強く抱き寄せられて感じるのは、安心と温もり。
突き放さないといけないと思いつつ、私は腕を回して自分から彼の背にしがみついた。
――せめて、今だけは……