ガロウ
第四章
 再梱包センターは、外見だけならただの倉庫だった。
 灰色の外壁。窓は少ない。
 簡素な看板に、物流会社の名称だけが掲げられている。
 だが駐車場に一台だけ、異物があった。
 黒のセダン。
 エンジンは止まっている。
 だが運転席に人影。
 村木が静かに言う。
「視線を感じます」
 マイクは煙草を咥え、火をつけない。
「感じるだけなら、まだ平和だ」
 菜々緒はバイクのサイドスタンドを払う。
「降りないね」
「降りる必要がないんだろう」
 マイクはジャガーのドアを閉めた。
「入館を確認できれば十分だ」
 菜々緒は外周を一周し、死角を確認に回った。
 内部は異様なほど整っていた。
 空調は常時稼働。
 温度は二十度前後で安定。
 相対湿度は四十五~五十パーセント帯で緩やかに制御。
 美術品一時保管の推奨範囲内。
 数値だけ見れば、教科書通りだった。
「立入許可は取得しております」
 村木は受付で書類を提示する。
 事前通知済み。抜き打ちではない。
 合法の訪問。
 応対に出たのは管理責任者。
 白衣。名札。無駄のない表情。
「本日はどの工程をご確認でしょうか」
「入庫検品と、環境ログの確認を」
「当社は直送扱い案件は受託しておりません」
「契約上はそう記載されています」
 声量は変えない。
「物理的移動履歴の有無を確認したく」
 短い沈黙。
「ログは中央監視システムで保存しております」
「該当時間帯のデータ閲覧を希望します」
「閲覧のみ可能です」
 案内された管理室は冷光に満ちていた。
 壁面モニターに各区画の温湿度推移が表示されている。
 グラフは五分間隔記録。
「対象作品の想定搬入日時を」
 村木が告げると、画面が切り替わる。
 温度安定。
 湿度変動幅±3%。
 理想的。
 だが。
「この時間帯、記録が飛んでいます」
 四時間分、水平線。
 責任者は即答する。
「システム更新です。サーバー移行作業を実施しました」
「バックアップは」
「旧システムに保管されています」
「提示可能ですか」
「本社承認が必要です」
 書類が差し出される。
 システム更新報告書。
 押印済み。様式統一。
 だが日付のみ、手書き訂正。
 村木は目を上げる。
「更新時の区画利用状況は」
「該当区画は空きでした」
「利用証跡は」
「入退室ログがございます」
「拝見できますか」
 端末が操作される。
 カードキー入退室履歴。
 更新時間帯、入室は二名。
 保守担当と、管理責任者。
 それ以外はゼロ。
 マイクが口を開く。
「停電は」
「無停電電源装置と自家発電設備がございます」
「切替ログは」
「問題なしです」
 即答。間がない。
 村木は机上の閲覧記録端末に目を落とす。
 アクセス履歴。
 対象区画の環境ログ閲覧。
 三日前、副代表のID。
「内部監査ですね」
「はい」
 線が、静かにつながる。
 村木は端末から目を離す。
「本日の確認は以上です」
「問題は」
「現時点では確認できません」
 事実のみ。
 外へ出る。
 空は鉛色。
 倉庫外気はわずかに湿っている。内部とは違う匂い。
「四時間」
 菜々緒が言う。
「更新時間と一致してる」
「証拠はありません」
 村木。
「だから厄介だ」
 マイク。
 黒いセダンはまだそこにある。
 先にジャガーが出て、菜々緒のバイクが続く。
 国道へ出る。
 黒いセダンは、二台の動きに遅れず追う。
 車間は法定内。
 急接近もしない。
「威嚇ですね」
 村木。
「警告だ」
 マイク。
 信号。停止。発進。
 左折。直進。
 同調。
 住宅街に入る。
 速度は落ちる。
 子どもが横断する。
 マイクは止まる。
 セダンも止まる。
 鳴らさない。焦らない。
 ただ、いる。
「所在確認です」
 村木。
「もう把握してる。念押しだ」
 事務所前に停車。
 セダンは二十メートル後方。
 ライト点灯。エンジン稼働。
 降りない。窓も開かない。
 数十秒。
 やがて静かにバックし、走り去る。
 追尾の技術はある。
 だが衝突はしない。
 目的は接触ではない。
 マイクが煙草に火をつける。
「挨拶は済んだ」
 煙が薄く上がる。
「向こうは焦っていない」
 村木。
 菜々緒が言う。
「でも、嫌がってる」
 マイクは灰を落とす。
「いい兆候だ」
 風が冷える。
 証拠はない。
 だが線は越えられた。
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