ただ君を愛したいだけ
私をあっさり捨てた彼から、あの頃のような優しさを向けられるとは思いもよらなかった。

智治さんに別の婚約者がいると知ったとき、プロポーズされて自分だけが舞い上がっていたのだと絶望した。

自分の浅はかさに溜息が漏れた。


将来、社長のいすが約束されているような人が、平凡な部下との結婚を選ぶわけがないのに。

智治さんにとってはただの火遊びだったのに、それに気づくのが遅すぎたのだ。

もう深く彼を愛してしまっていた私は、地獄に突き落とされた。


婚約破棄後、彼の優しい声や柔らかな微笑みが鮮明に頭をよぎり、それまでは幸福を感じていたそれらが刃となって私の心を切りつけてきた。

なみなみと注がれた幸せに、裏切りというどす黒いインクが一滴垂らされた直後、その波紋が広がり、やがて真っ黒に染まった。

それを止めることもできず、ただ見ているしかない私の心は、完全に壊れてしまったのだ。


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